第三話 『花とモヒカン狂想曲(カプリツィオ)



 ギリシアの神話に“パンドラの匣”という話がある。
 それは神に背いた愚かな人類への天罰。人がまだ出会ったことのなかった恐ろしい怪物たちを、人の世へともたらした禁断の匣。人類の母たるパンドラの手によってそれは、災いという名の怪物たちはこの地上へと解き放たれたのだ。匣を運び、開くがためだけにパンドラを生み出した、怒れる神の目論見通りに。
 だが、すべてがそうなったわけではない。匣を開いたのがパンドラなら、匣を閉じたのもまたパンドラだった。彼女の手によってただ一匹の怪物だけが匣の中へと取り残されたのだ。
 匣とともに人々の手から悠久に遠ざけられた最後の怪物を、誰かはこう呼んだ――“希望”と。
 それは姿なき幻。虚ろな夢。目の前の絶望から目をつむった時、その瞼の裏にしか見ることはできず、手を伸ばそうと決して届くことはない、盲目の希望。だがそれが、あるいは“希望”の真実。所詮この世には縋る藁もないのだという、先人の教訓なのかもしれない。

 だから、あたしはこの希望なき現実を見る目を、そっと閉じるのだ。そうして見えた希望をただ真っ直ぐに見据えて、あたしは、手と手を合わせてこう言うのだ。

「いただきます!」

 丸いお椀を掬い上げるように両手で持つ。縁にそっと唇をつけ、そのまましばし。鼻孔をくすぐる深い香りを十分に楽しんでから、ゆっくりと椀を傾ける。舌を撫でる感触は絹の肌触りにも似て、とろりとしたスープは焦らすように喉を滑り降りてゆく。
 ごくりと喉を鳴らし、はふんと息を吐く。思わず目尻が下がって口角が上がる。

「んまい!」

 何の捻りもない凡庸な感想しか口にできない自分の語彙の無さがもどかしい。いや、本当に旨いものと出会ってしまった時、人は“なぜ旨いのか”など語ることもできなくなってしまうのかもしれない。そう、食べることでしか生きられないすべての生き物は等しく、真の美食の前では無力なのだ。ほろりと、熱い雫が頬を伝う。あたしは自分の握り拳より大ぶりな泥団子をぐわしとわしづかみ、ワイルドに噛り付く。

「ええと……その、大丈夫かい?」

 むしゃりむしゃりとその美味を噛み締める。そんなあたしに、どういうわけかウィザえモンが心配そうな顔をする。今になって言うべきことじゃないけどウィザえモンって言い難いな。誰だこんな名前付けた奴。あたしだ。うん。ウィっさんでいいかな。

「ふぇ? おいお?」

 問い返す。何を言ってるのかさっぱり分からないことは自覚できた。できたので、飲み込んでもう一回。

「んごっく……え、何が?」

 にこりと、おしとやかに微笑んで小首を傾げる。ウィっさんの口がなぜか開いたまま塞がらなかった。

「いやいやいや、泣きながら一心不乱に飯食ってりゃ普通よっぽどのことだろ」

 というヌヌの言い分は、うん、まあそうだね。言われてみれば、あっはっは。その通りね!

「気にしないで。ほら、ちょっと情緒が不安定なの」

 だから心配は無用よと笑って返す。ちゃんと笑えてるかの自信はなかったが、そこに関しては突っ込まれなかったのできっと大丈夫だったのだろう。

「いや、それは十分に心配なのだが」
「自分で言ってりゃ世話ねえな……」

 なんて口々に言う。自ら給仕までしてくれていた村の三星シェフ・ムッシュ土田もまたえらく戸惑っているように見えた。だが大丈夫だ。問題はない。ゴールと思って喜んだら全然そんなことはなくてちょっとびっくりしただけだ。落差の乱気流がただでさえ安定しない思春期の空に吹き荒れただけだ。ちょびっとうちひしがれただけだ。
 あたしは指についた泥ソースをぺろりと舐めて、両の掌をぱあんと打ち鳴らす。皆がびくっとする。あ、ごめんね。

「ごちそうさま!」
「お、お粗末様です」

 ぽかんとする皆を横目に伸びをする。ふぉふーん。あたしゃ満足ですと言葉なく語るような吐息を漏らす。さて、お腹もいっぱいになったことだし、それじゃあそろそろ、

「さあ、本題に入るとしましょうか」

 きりっと顔を引き締める。眉根を上げ、ビームの一発くらいは出そうな鋭い眼差しで皆を見る。皆が益々ぽかんとする。ふふふ、何を驚いているのかしら。情緒は不安定だと、そう言ったはずだぜ?




 あたしたちがニセモグラを倒し、村に舞い戻って来たのがほんの数時間前のこと。つかれたなきたいおなかすいたーと凱旋早々に報酬代わりのご飯をせびって遠慮なんてちっともせずにがっついて、そうして今に至るわけである。うん。改めておさらいするほどのことは起きてなかったな。

「さて、まずは盗賊団ね。状況を整理しましょうか」

 腕を組み、相変わらずぽかんとしっぱなしの皆にも構わず話を始める。少し遅れてヌヌたちがはっとする。しっかりし給え。ブレーキ壊れそうなんだからちゃんと追い掛けて来てよね。
 あたしはびしっと人差し指を立てる。

「結局のところ、盗賊が暴れてるって噂の村は、どこなわけ?」

 真摯な顔で問う。一旦スパートをかけた後で「ところでゴールどこ?」とは間抜け極まりない質問であったが。聞かぬは一生の恥である。なんか違う気もするけど気にはしないでほしい。ムッシュと顔を見合わせて、ヌヌが記憶を手繰るようにううんと唸る。

「回覧板じゃ確か、山の向こう側にあるどっかの村だったと思うけど」
「遠いの?」

 ヌヌの言葉に問い返せば、代わって答えたのはムッシュだった。

「以前は坑道を通って行き来できたのですが、少し前に落盤がありまして……今は塞がってしまっております」
「つまり……今は山を越えなきゃいけないわけだ?」
「はい。地形が少々複雑でして、迂回するとなると丸一日は掛かるかと」

 丸一日ときたか。怠いな。もう嫌になってきた。あれ? いや、てゆーか、

「え、待って。そんなとっから回覧板来んの?」

 と、至極真っ当な疑問を抱けば、ムッシュは言葉足らずだったと慌てて首を振る。

「ああ、いえいえ。歩いて行くならの話です。空からであればすぐなのですが」
「空?」
「はい。ハニービーモン!」

 頷いて、厨房に向かって呼び掛ける。ひょこっと顔を覗かせたのは、名前の通りの蜜蜂みたいなデジモンだった。

「鉱山のちょうど反対側にある村までは、村で唯一空を飛べるこのハニービーモンに用事を頼んでおります」
「成る程……」

 ぺこりと頭を下げた蜜蜂に手を振る。体格的にはヌヌと変わらないくらいか。運んでもらうのはかなり無理があるな。ちらりとウィっさんにも目をやるも、申し訳なさげに首を横に振られるだけだった。定員オーバーと言っていたな。ホバークラフトくらいの高度じゃ徒歩と変わらないか。そもそも目的地違うしね。あたしは蜜蜂に視線を戻す。

「ハニちゃんは噂の村がどこか知ってるの?」

 と問えば目を丸くした後、少しを置いてからふるふると首を振る。恥ずかしがり屋さんなのかな?

「ハナ、いきなり妙な呼び方してやるなよ。戸惑ってるだろ」
「だって長いんだもん」

 極めて正当かつ合理的帰結である。合理的帰結というのがどういう意味かは知らないが。
 しかしまた、今更にも程があるがふわふわしたゴールだな。というそもそもニセモグラたちが盗賊の一味だったかすらよくよく考えたら確かめてもなかったな。違ってたら誰だお前って話だ。
 ちなみにニセモグラはあのままほったらかしてきた。数日は毒リンゴで動けないそうだがその後のことは……うん、わかんにゃい。まあ、村の皆がどうにかするだろう。無責任極まりないが、戦いという大仕事を終えたへとへとな勇者は後始末まで手が回らないのでそこは目をつむってほしい。
 目をつむってと言えばお腹も膨れてそろそろ眠くなってきたな。あたしは晴れやかな顔でうんと頷く。

「よし、寝るか」
「どんな結論だ」

 というヌヌのどうでもいい茶々は華麗にスルー。ニセモグラとの冗談抜きの死闘を越えたハナさんはこう見えてへろへろなのだ。丈夫なだけが取り柄のヌメヌメと一緒にされては困る。あたしはムッシュ土田へと向き直り、指を一本ぴっと立てる。

「ツッチー、もう一泊いーい?」
「は、はい。それは勿論……ツッチー?」

 おおっと、呼称がどんどん安定しなくなってきたぞ。てへ。舌を出してみる。何とも言えない顔をされるが気にしない。

「どうせ今からできることなんてないでしょ。さっさと寝てさっさと起きてさっさと山越えてぶっ飛ばしにいくよ」
「お、おう、やる気満々だな。……満々なんだよな?」
「勿論! 変な感じにテンション上がってきてまったく寝れそうにないくらいよ!」
「それは頼もしいな。何が何だか分からない気がしないでもないけど」

 まったくだな!
 概ね同意する。一番何が何だか分かってないのは多分あたしだ。頭の中は散らかり放題なまるでゴミ屋敷である。ただ整理してしまうとくじけそうな気がすごくするというか、ゴミの中にとんでもない不発弾が埋まってることは知っているので掘り返すに掘り返せないのだ。まあ放って置いたら置いたでそのうちゴミ屋敷ごと吹っ飛びそうな気はするけれども。
 とにもかくにもそんなわけであるからして、よし、止めよう。考えるのは。人生なんて往々にして博打のようなものだ。鬼が出ようが蛇が出ようが出たとこ勝負だ。あ、鬼はもう出たか。
 何が言いたいのか欠片も分からなくなってきたが、まあいいや。人生を楽しく生きるコツは深く考えないことだ。あたしは希望のありかを知っている。現実からそっと目を逸らせばあら不思議。ほうら見えた。だからあたしは大丈夫です。

 頭の中だけで大体完結したその結論に句点を打って、あたしは欠伸を一つ。まだまだ明るい夕方のお空の下、とりあえずは寝ることにした。




「それじゃあ、武運を祈るよ」
「うん、ありがと。そっちも気をつけて」

 一夜明けて翌朝。早寝した割には日がまあまあ高くなってから目を覚ます。思った以上に疲れていたらしい。とうに起きて出立の準備を終え、まずはあたしが最初にやって来たジャングルを目指し、これから村を発つというウィっさんと挨拶を交わす。どうやらあたしたちが起きるまで待っていてくれたらしい。次第に遠ざかるに背中に手を振って、あたしは本気で別れを惜しむ。ふと、隣のヌヌを見る。

「行っちゃったね」
「ああ、行っちまったな。……それどういう顔だ?」

 なんだかものすごい不安と心細さが滲み出ている顔に決まっている。ヌメヌメだけを連れて旅立つはめになった勇者の気持ちも考えてほしいものだ。パーティ構成に疑問を持とうぜ。
 ふう、と息を吐く。伸びをして、びたんとほっぺを叩く。

「よし、考えてもしょうがない。いきますか」
「おう、なんか分かんないけどやる気だな!」

 おうともよ。なるようになれ。あたしが勇者だ。ケセラセラ。覚悟を決めて、あたしは朝陽の輝く東の空へ向かって一歩を踏み出す。自棄とは言ふ勿れ。さあ行こうじゃないか、どこまでも。この空の果て、光射す明日へと続くこの路を――!




「じゃ行ってきまーす」
「はい、お気をつけて」

 よく考えたら東はジャングルだったので一回引き返し、ついでに忘れた荷物を持って改めて村を発つ。腹八分目に軽く三皿ほどの泥団子を平らげ、お弁当もたんまりデカめのリュックごと貰って胃袋的な準備は万全である。
 まずは北の鉱山だ。ふもとから山を迂回し、丸一日の道のりを越えて山向こうの村を目指す。今ちょっとくじけそうになったけど、がんばれなのよあたし。

「ハナ、分かってると思うけど、いきなり弁当食い尽くしたら後が地獄だからな」
「分かってるって。善処はするから」

 爽やかな笑顔と迷いのないサムズアップで答える。そんなあたしにヌヌはなぜだかなにやら言いたげだったが、構わず歩き出す。細かいことを考え出したらきりがないもの。そうとも、人生これ即ちギャンブル也。出たとこ勝負だ!

「まあいいか。なんだかんだでニセドリも倒しちゃったしな」
「分かってんじゃないの。そうそ、何とかなるって」

 あたしは悟った。勇者の資質は強さでも賢さでもないのだと。
 強者も賢者もほんの些細な不運で逝く時は逝ってしまうものだ。たとえば胸に忍ばせたお守りで偶然にも致命傷を避けるだとか、名も無き一兵卒の撃った弾などどういうわけか掠りもしないだとか、そんな運命に愛され過ぎた強運の持ち主、勝利の女神様をベタ惚れさせたイケメンこそが勇者なのである。ニセモグラ戦を顧みるにもはやあたしは限りなくその領域に足を踏み入れかけているような気がしないでもなくもない。とでも考えなきゃ心がへし折れそうだとかそんな後ろ向きなあれでも決してない。決してだ。

 さあ行こう。恐れることは何もない。運命はこの手の中にあるのだから。
 ぐっと、握った拳を天へとかざす。

「どうしたハナ? 歩きながら変なポーズしてちゃ危ないぞ」

 などという雑音は聞き流す。今いいとこだから。あたしは握り拳をそっと開き、空の高みに浮かぶリアルワールド球をその手に重ねる。遠い終着駅さえも今は、どうしてだろうな、ふふ。とても近くに思うぇぶんっ。

「ほらー、言わんこっちゃない」

 突然視界から空が掻き消え、かと思えば目の前にはただただ固い地面。転んだ。痛かった。
 ぐぬぬと唸りながら起き上がる。お空ばかり見ていたらいつの間にか鉱山付近まで来ていたらしい。デコボコな山道はとても危ない。良い子はよそ見しないで歩こうね。

「いったぁ……!」
「だ、大丈夫か?」

 だがこれも、あるいは神の与え給うた試練か。ふ、ふふふ。面白いじゃあないか。あたしの足を引っ掛けたであろう石ころを拾い上げ、不敵に笑う。ヌヌの台詞はどっちの意味だったろうか。
 神よ、受けて立とうじゃないか。お前があたしの前に立ち塞がるなら打ち倒すまでのことだ。さあ、どこからでも……!

「かかってこおーい!」
「え!? なにが!?」

 なんか無性にハイになって叫びながら石をぶん投げる。鉱山見てたら昨日の勝利の余韻がリバウンドしてきたのかもしれない。石ころは中々の勢いで真っ直ぐに草むらへと突き刺さる。

「ベドぅあっ!?」

 草むらに石ころが消えて、鈍い音が響く。そうして、なんか変な声が聞こえる。
 ベド?
 しばしを置いて、ヌヌと顔を見合わせる。

「なんか言った?」
「いや、オイラじゃないけど」

 もう一度顔を見合わせて、そろりと草むらへ近付く。と、ほとんど同時に草むらが揺れる。うおおお!? やっべえぇぇ!?

「うわあ! ごご、ごめん! 誰かいた!? そんなつもり……は……」

 草むらから顔を出したそれと、なんだか見覚えのあるモヒカン頭と、互いに見つめ合ったまま固まる。モヒカンの横に膨らんだわかりやすいたんこぶからして、あたしが石ころをぶつけてしまった相手には間違いないだろう。だろうけれども。

「ええと……」

 怒りと驚きの混じる顔で、モヒカンはぷるぷると震える。どうやら向こうもあたしをご存知であらせられるご様子。ごめんでは、絶対にすまされない気がすごくした。

「「ああぁぁぁーーー!?」」

 声を上げたのはまったくの同時だった。あたしとヌヌがおろおろし、モヒカンが大きく口を開く。すうと息を吸い、弾けるように喉を震わせる。

「ベタあぁぁ! 奴らが来たベタあぁぁ! 敵襲ううぅぅぅ!!」

 ベタ、ベタ? え? え? あれあれ? 敵襲? ええ!?
 こだまとなって響く声から少し、山道が震える。地鳴り、否、それは足音だった。瞬く間に迫る無数の足音、無数の影。

 あたしの記憶が正しければこのモヒカンは確か、あたしがぶっ飛ばしたニセモグラんとこの見張りだったと思うのだけど。だけども、だけれども。
 あっという間にあたしたちを取り囲むのはモヒカンとモヒカンとモヒカンとモヒカンと……こんなにぶっ飛ばした覚えはなくってよ!?
 数はざっと三十に届こうかというくらいか。回りは囲まれ逃げ場は既にない。てゆーかこんなにいたのか。ばるさんは正解だったな。現状を踏まえるならある意味で大間違いだったかもしれないが。激情に満ちた眼差しがあたしたちを睨み据える。

「あ……その、えっと……どちらさまでしたかしら?」

 可愛く首を傾げて全力で惚ける。モヒカンたちのこめかみと思しき辺りがひくつく。

「ハナぁ!? 逆効果、逆効果!」

 ひっそひっそと声を潜めてヌヌが言うも、遅過ぎた。モヒカンたちの緑の顔が次第に赤くなる。一匹がずいと前へ出て、怒声を上げた。

「惚けるなベタ! 火を点けたのもボスをあんな悲惨な目に合わせたのもお前らベタ!」
「そうベタ! ボスの掘った穴から命からがら逃げ延びて、朦朧とする意識の中ではっきりお前たちの顔を見たベタ!」
「どえらい目に合ったベタ!」

 続けとばかりに一匹、また一匹と声を荒げる。ニセモグラは全然平気そうだったけど、そうか、ザコにはしっかり効いていたか。しかし朦朧としていたのにはっきり見たとはどういう了見であろうか。人違いである可能性も無きにしも非ずではなかろうか。
 なんて、ふざけきった言い訳が通じるとは露ほども思ってはいないけれど。さあて、いやいや、ははは。

「えっとぉ、どうしよっか?」
「どうしようもなさそうな顔で聞かないでくれよ」

 怒りの爆弾にはとうに導火線すら見当たらない。もはや爆発のその間際である。
 命運を分かつのは最初の一手。これを誤ればあたしたちに明日はない。こくりと喉を鳴らし、右手のこん棒とヌヌを見る。手札はこの二枚。今朝まであったもう一枚が脳裏を過ぎるが、今ないものを考えてもしょうがない。このカードで何ができる? 一体何ができる!? 何もできねえよバカぁ!!
 千分の一秒で出た結論を表情から察したか、ヌヌが気持ち悪い顔で青ざめる。でろりと舌が垂れた。こんなもん見ながら最期を迎えろとか、神様ちょいとドSが過ぎやしませんか。
 なんて、そこまで考えた時、ふと頭に小さな閃きが過ぎる。ぐるんぐるんとこんがらがった頭に差した僅かな光明。あるいは――否、迷う時間など既にない。あたしはそっとこん棒を差し出す。

「ヌヌ、こん棒に乗ってとびきりカッコイイ顔して」
「は……そ、それに一体どんな意味が?」
「いいから、死にたいの?」
「わ、分かった。あ、投げる?」
「投げないから」

 にゅるりとヌヌがこん棒にへばり付く。じりじりと迫るモヒカンたちが訝しげな表情を浮かべた。

「な、何をする気ベタ!?」

 何、って?
 そんなもん当人すらよく分かってないっての。起死回生の妙手か、あるいはヤケクソな悪手か。思考回路はとっくに焼き切れておりますが何か!?
 あたしはヌヌを乗せたこん棒を両手でしかと握り、すうと息を吸う。そうして、喉を張り裂かんばかりに絶叫する。

「うおおああぁぁぁぁ! ヌメモンだぞおぉぉぉ!? ヌぅ〜メぇ〜ヌぅ〜メえぇぇーー!?」
「ベ、ベタああぁぁぁっ!?」

 奇声を上げながらヌメヌメこん棒を思い切り振り回し、活路もないのに走り出す。

「ぬみゃああぁぁぁおおぉぉーー!?」

 振り回されたヌヌが気色悪い顔で悲鳴を上げながら涙やらよだれやら変な体液やらを撒き散らす。そんなヌヌの気持ち悪さとあたしの気迫に、思わずといった風にモヒカンたちが怯む。あたしはなおも吠えながらただ一心不乱に駆け抜ける。
 ぶぎゅるるる、と。モヒカンを踏み、モヒカンを踏み、モヒカンを踏んで、そしてあたしはモヒカンの包囲網からまさかの脱出を果たす。今更に思えば間違いなく紛れもなくただのヤケクソ以外の何物でもなかったが、結果良ければすべてグッジョブ!

「ベタあぁぁぁ!?」
「お、お前らどんな手に引っ掛かってるベタ!?」
「お、追うベタ!」

 一拍遅れて追って来るモヒカン共を尻目に駆けて駆けて駆け抜ける。

「やあったぁー! やったよヌヌ!?」
「ハナ、なんか傷付いたんだけど」

 というヌヌにも構わずひたすら走る。しょんぼりしている暇なんてあるはずもない。絶体絶命からまあまあ大ピンチくらいにしか好転はしていないのだから。好転だろうかこれ。
 ちらりと後方を一瞥する。するも、慌てて前を向く。やばいやばいやぱい、近い近い近いぃー! モヒカン軍団はあたしたちのほんの二、三歩後を鬼の形相で追従する。僅かでも速度を緩めようものなら今度こそゲームオーバーだ。てゆーかかわいらしい手足の癖して超早いな!?

「くそ! このままじゃ追い付かれちまうぞ!」
「そ、そんなこと分かって……!」

 割と耳元で聞こえたヌヌの声に、答えながら眉をひそめる。こん棒を肩に担いだままの右手を少しだけ上下に振って、そうして、そんな暇はまったくないのに思わず後ろを振り返る。

「乗ってるぅうぅぅぅ!?」

 こん棒の先端に鎮座する緑の物体が見えて、ぎゃふんという言葉を体言するかのような顔で叫ぶ。
 重いと思ったらぁ!? 何を楽してんだこの野郎!?

「ハナ、今はそんなことを言ってる場合じゃないぞ!」

 場合だよ!?

「とにかくハナは全力で走ってくれ! 後ろはオイラがどうにかする!」
「ど、どうにかって……!」

 問い返そうとしたあたしの声はしかし、直後に聞こえた妙な音に紛れてしまう。ぶり、ぽい、べちゃ。みたいな。モヒカンの悲鳴が聞こえた。何が起きたのかは確認したくもなかったので、あたしは振り返ることもせずにひた走る。

「よっしゃあ! 見たかヌヌ様の力を!」

 力ってゆーか……いや、まあいいや。それより、

「どうなったの? やったの?」
「……あれ?」
「ちょっとぉ!? あれって何!?」

 よっしゃとか聞こえた気がしたけれども、どうしてだろう、後ろから聞こえる足音にはさして変化がないような気もする。

「あ、意外とへこたれてないな。ハナ、逃げてくれ!」

 言われるまでもなく逃げてますけれども!? こんの役立たずがぁ!!

「もう許さんベタあぁぁ!!」
「血祭りに上げてやるぁ!!」
「待ぁぁつぅベタあぁぁ!!」

 なんて声には怒りと憎しみとほんの少しの哀しみが混じる。このくそったれが何をしたかは皆目見当もつかないが、間違いなく余計なことをしただけだったろう。心なしか地面を叩く足音がより強くなった。
 あたしはぐっと奥歯を噛み締めて、か弱い乙女のささやかな体力を限界を越えて振り絞る。だがその折、ふと感じた違和に眉をひそめる。鼓膜に残る音を反芻し、言葉をなぞり、そうして、はっとなる。

「ねえ今! 語尾にベタって付け忘れた奴いなかった!?」
「今それ重要おおぉぉぉ!?」

 重要かって? うん……。
 ヌヌの言い分はもっともであった。この極限の状況下であたしの頭は自分で思う以上に使い物にならなくなっているらしい。あたしは一体何を口走っているのだろうか。
 阿呆かと叫びたい衝動に駆られたが、これ以上無駄な体力を使っている場合でもない。唇を噛んで鼻から荒い息を吹く。だがその瞬間、今度はヌヌが声を上げた。何と言うことだと言わんばかりに、わなわなと震える。

「ああっ!? ハナ、あいつら……!」
「えぇ? 何!?」
「よく見たらベタモンじゃない! モドキベタモンだぞあれ!?」
「知るかあぁぁぁ!」

 今度こそ力一杯叫ぶ。細かく突っ込むのはしんどくて面倒臭かった。誇り高き霊長類たる自分と軟体生物の脳みそに大差がないことに気付いて軽く絶望しつつも、あたしは手足をばたばたと振り乱して疾走する。けれど――

「ベえぇタああぁぁぁ!!」

 さすがに無駄なアクションが多過ぎたらしい。気付けばモヒカンは至近にまで迫って、これで王手とばかりに雄叫びを上げて跳躍する。ばちばちと電気を帯びた小さな身体が宙を舞い、斜め上方からあたしに襲い掛かる。電気とか聞いてないし。

「にゃああぁぁぁぁ!?」

 あたしとヌヌの変な叫びが重なる。もはやこれまでか。心が半分くらいへし折れて、あたしの中のか弱いハナちゃんが膝をつく。だが、まさにその時だった。

「にゃおらぁぁぁぁ!!」

 乙女の願いに応えて現れたヒーローが、邪悪なるモヒカンに正義の鉄槌を降す。謀ったようなタイミングで馳せ参じたヒーローの名は、そう、勇者ハナさんである。またの名を生存本能とか闘争本能とか火事場の馬鹿力とかいうあれである。神は自力で何とかせよとおっしゃっておられる。

「ベタあぁぁ!?」
「にゃがあぁぁ!」

 不意打ち気味のカウンターは跳び来るモヒカンを真芯で捉え、青いお空の上まで勢いよく打ち上げる。あたしはそのまま身体を反転させ、続く二匹目に向け第二撃を繰り出す。そのスイングに大気が唸りを上げ、こん棒が悲鳴を上げる。
 しかし、世の中そう甘くはなかった。

「ふにゃあぁ!?」

 こん棒が空を切る。所詮は油断と偶然が生んだまぐれ当たり。ラッキーパンチは二度もない。けれど、と、あたしは即座に踵を返す。あたしの攻撃を避けたことであたしとモヒカンたちの間に再び距離が開く。今だ! さあ、逃げるぞおぉぉぉ!!

「ヘ、ヘイ、シニョリーナ……もしかしたらオイラの存在を忘れちゃってたりはしないかい……?」

 という、こん棒の先でぐったりしているヌヌの言葉にはごめんねとしか言えなかったが。あたしは草むらを掻き分け、木々を避け、もはやどことも知れぬ道を疾走する。もう余計なことはしない。ただただ心身の持てるすべてを活力に、本能の導きのままに道なき道を行く――




 山道を駆け、樹海を駆け、洞窟を駆ける。逃げて追われて迎え撃ってはまた逃げて、終わりの見えない鬼ごっこはどこまでも続く。シーンが切り替わったら何とかなってたとかそんな都合のいいことにはならないらしい。てゆーかしつこいなあもうっ!
 逃げる方も追う方ももはや限界など大分前に越えた。今や気合いだけで走り続けていた。精神は時として肉体を凌駕するのだ。

「ま、まひゅ……ベタぁ!」
「まへる、かぁ……!」

 全身の穴という穴から息を吸っては吐く、そんな錯覚。呼吸ってどうやってするんだっけとかいうレベルである。互いに呂律も回らなくなってきた。それでも走って走って走り続ける。
 視界が霞む。頭がくらくらする。数メートル先も霧中のようにぼやけたままに、背の高い木々が立ち並ぶ森を駆け抜ける。駆け抜けて、そうして――やがて視界が開ける。

「あ」

 呼吸もままならなかったはずなのに、出て来た声はいやに暢気で素っ頓狂で。少しだけ硬直する。勿論そんな暇などないのだけれど、あたしはそれを見上げて、とりあえず絶叫する。

「にゃあああぁぁぁぁっ!?」

 それはそれは高くそびえる断崖絶壁であった。慌てて振り返る。モヒカンたちがにやりと笑って、あたしは思わず後退る。踵が岩壁を蹴った。

「ベ……ベッタッタッタ! もう逃げ場はないベタ!」

 疲れと怒りと憎しみと哀しみの凄まじい形相で呵々と笑う。笑ってるんだと思う、多分。でもキャラ立てにしてもその笑い方はさすがに無理があると思うな。とか言ってる場合ではまったくないのだけれども。
 二十匹余りものモヒカンがあたしを取り囲むように左右に展開し、じりじりと距離を詰める。ちなみに最初より数が少ないのは逃げながらまあまあぶちのめしたからである。なんか十匹くらいはどうにかなった。
 でも、さすがにこの数を同時に相手取るのは無理があり過ぎる。奇策も不意打ちももうネタ切れだ。どうする? どうする!? うにゃああぁぁーおっ!?

「ふ……ふっふっふ。どうやら、オイラの出番が来たようだな」

 心の雄叫びとともに軽く口から魂がお出かけになられかけた時、気色悪い薄ら笑いを浮かべてそんなことをほざいたのはヌヌだった。あ、いたんだ。へばり付いてるのをすっかり忘れて十数発くらいぶん回したせいか、いつもより若干デコボコした軟体でぬるりとこん棒から滑り降り、あたしを庇うようにモヒカンたちの前に立ち塞がる。

「ヌ、ヌヌ?」
「ここはオイラに任せてくれ。遂に我が禁断の秘奥義を披露する時が来たようだ」

 そう言って眼光鋭くモヒカンたちを睨み据える。その目には炎が点ってすら見えた。禁断の、秘奥義ですって? ふ、ふふふ……そんな妄想に浸っている暇なんてなくってよ!?
 まだ気力と体力があれば確実にどついて突っ込んでいたところだが、残念ながらそんなものはとうに空だった。寝言は寝て言えと視線で訴える。

「ハナ、その目はまったく信じてくれていないようだが……ふ、オイラがただ楽をしたいがためにこん棒に乗っていたとでも思うか?」
「え?」
「この状況を見越して力を溜めていたのさ。この奥義はオイラのデジソウルを最大限にまで高めなきゃ発動できないんだ!」

 最大限の……デジソウルですって!? そんな! まさかここに来てまだ新しい設定を捩込むというの!?
 てゆーかこん棒でまあまあぼこぼこにしちゃった気がするけど力とか溜めれてるの!?

「おい、何をごちゃごちゃ言ってるベタ!? み、妙な真似はもうするなベタ!」

 まあまあびくびくしながらそう威嚇するモヒカンに、ヌヌは余裕の笑みを浮かべてみせる。え? ホントにあったりするの? 秘奥義が? 今まで必要に迫られた場面はそこそこあったはずですけれども!?

「ちょ、ちょっと! ホントのホントに!? いけるの!?」
「ああ、できればこの危険な技は使いたくなかったが……やむを得まい! ハナ、離れているんだ!」

 その気迫にモヒカンたちが思わず怯む。あたしもまたこくりと息を飲んで無言で頷く。何が何だかさっぱりだけど、何とかできると言うならしてもらおう。あたしは言われた通りにヌヌから距離を取り……距離を……取り?

「ぬぅうぅぅぅんっぬああぁぁぁ!!」

 こつんこつんと踵に当たる岩肌の感触に、そう言えば逃げ場なんてなかったことを思い出す。だが、どうやら時は既に遅過ぎたらしい。ヌヌの軟体からどういうわけか蒸気のようなものが沸いて立つ。明らかに何かが始まっていた。

「さあ! 今こそ集え! 三千世界に散らばる我が眷属たちよぉぉ!!」

 ちょっと待ってというあたしの声も掻き消して、天を衝かんばかりの咆哮が轟く。具体的にどんな規模でどんな攻撃をするかも分からないのであたしはただただ狼狽する。え? これいいの? ここにいて大丈夫なのあたし!?

「降り注げ綺羅星の如くぅ! 我らを蔑みし痴れ者どもに怒りの鉄槌を降せぇぇぇいぃぃ!!」

 ふはははは、などと、既にボルテージが計器を振り切ったヌメヌメの耳にあたしの悲痛な声は届かない。ギア緩いな。目は血走って、開いた口からは舌がべろんべろんとうねってよだれが飛び散る。気合いの入れ方を異次元の方向に間違えてやしないだろうか。
 てゆーか言ってることは何やら日頃の鬱憤を晴らそうとしているだけにも聞こえたけれど。その痴れ者どもとやらにあたしは含まれていないんだろうな。いないよね? ないよね!? 信じるからね!?
 どういう生態かはさっぱりだけれども、光すら放ち始めた軟体にモヒカン共々わなないて、あたしは声にもならない叫びを上げる。何なの? ねえ何なの? 何が起きてるの今これ!?

「ん究ぅ〜〜極っ!!」

 沸き立つ光が矢となって天を射る。渦巻く鉛色の雲を引き裂き、次第に集束する閃光は虚空へ融けて――少しの静寂。唖然とするあたしやモヒカンの前にやがて、空より小さな影が舞い降りる。
 べちゃり、と地面に落ちて潰れたそれを間抜けな顔で見て、あたしはゆっくりと空を仰いだ。同時にびしりとヌヌが空を指し、たっぷりと間を置いて先程の言葉の続きを、この恐ろしい技の名を告げてみせた。

「ウンチ……地・獄・絵・図!!」

 軟体が不気味にうごめく。何かポーズを決めたつもりだったのかもしれない。あたしは彼方より飛来する無数の影をしばし呆然と見詰める。あるいは聞き間違いかとも思ったが、ゆっくりたっぷりよく見てもやはりそれは、紛う方なきウンチであった。山の気候は変わりやすいってこういうことだっけ。違うか。違うな。あたしは一拍を置いて、声帯の限界を軽く越えたようなボリュームで悲鳴を上げる。

「ぃいぃぃやあぁぁぁぁーーーー!?」
「ぶぇきゃあぁぁぁぁぁーーーー!?」
「ふあぁーっはっはっはあぁぁぁ!!」

 悲鳴と悲鳴と高笑いが雨あられと降るウンチの中で入り乱れる。それはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図であった――




「……ぅう、えぅ……ひっく」

 暗闇の中だった。膝を抱えて幼子のように泣きじゃくる。

「お母さあぁ〜ん……うえぇ……!」

 という台詞が勇者のそれでないことくらいは自覚できていたのだが、所詮あたしはただの中学生。父と母の庇護下で汚れも痛みも知らずに育った純真無垢なか弱い子供に過ぎないのだから。

「おお、ハナ! こんなとこにいたのか。心配したぞ」

 そんな声に顔を上げる。迷子の小さなあたしを迎えに来てくれたいつかの父を思い出したが、勿論ただのヌメヌメであった。

「怪我はなかったか? もう大丈夫だ」

 穏やかに微笑むヌメヌメにあたしはこくりと頷いて、ヘッドスライディングで潜り込んだ木のうろからのそのそと這い出す。どうやってここまで来たのかは若干記憶が薄ぼんやりとしていた。視界に映るモヒカンとウンチを手当たり次第にこん棒で殴り飛ばして活路をこじ開けたような気もしなくもなかったが、さすがにそこまでの大立ち回りは幾ら何でも記憶違いであろう。きっと何か奇跡が起きたに違いない。

「いやー、鬼神みたいな顔であいつらぶちのめし始めた時にゃびっくりしたけど、何はともあれオイラたち二人で掴んだ勝利だな!」

 ゆらりと瞳を揺らして、首の据わらぬ赤子のようにかくりと首を傾げる。ヌヌがびくりと震えて目を逸らし、その全身から粘っこい汗が噴き出す。

「いや、あのね、あんな状況でオイラも視界が狭まってたっていうかね、久々に使う大技で変に高陽しちゃってたっていうかね、デジソウルって感情とかに直結しちゃうもんでね、あの、その……」

 上擦った声で何やらごにゃごにゃと聞くに堪えない言い訳をのたまって自らを弁護する。あたしは、ただ一言をもって判決とした。

「歯を食いしばれ」
「へぇ?」

 そうして、きたねぇ花火が綺麗な空に舞って散る。




「で、モヒカンは?」

 生けとし生けるものを拒む死地と化した戦場跡を離れ、涙が出るほどに空気の澄んだ沢で一息を吐く。この世の地獄を振り返って問えば、ヌヌは少しだけキョトンとする。さっき星になったのになぜここでピンピンしているのかはもう気にしないことにした。

「モヒ? ああ、あのウンチの山の下だと思うけど。……あれヒレだぞ?」

 今更もういいよそんなの。あたしもまあまあ早い段階で気付いてはいたけど。今となってはどうでもいい。そんなことより、

「とりあえずは全部倒せたわけね」
「へへ、まあな!」

 鼻の下を擦るような仕種とともに誇らしさと照れの混じる顔で笑う。どうしよう、すごく殴りたい。この顔見てたら巻き添えにされた怒りが再燃しそうだ。しかし結果だけを見るなら助けられたと言えなくもなくもないわけだし、何より既に一回ぶっ飛ばしてるしな。ぐっと我慢をして、咳ばらいを一つ。落ち着け落ち着け。

「まあいいわ。でもあれもう禁止ね。禁じ手だから」
「禁じ手!? おお、なんかかっけーな」
「そうよ、かっけーの。だから二度と使わないこと」
「わ、わかった。胆に銘じておく」

 思った以上にドスのきいた低い声が出た。と思ったらヌヌが青褪めながらあかべこのようにカクカクと首を振る。分かってもらえて何よりよ。
 さて、何はともあれ、となると現状で残る問題は後一つか。ふうと息を吐いて、辺りを見渡す。
 さらさらと流れる小川。疎らに茂る木々。その先に見えるのは高い高い岩壁。見覚えがあるようで、やっぱりない景色。

「それで、ええと……ここはどこ?」

 あたしが問えばヌヌは軟体をうにょーんと伸ばして二つの目玉をキョロキョロさせる。そうして、あたしを見てふと笑う。躊躇いも戸惑いもなく、はっきりきっぱりとこう言い放つのだ。

「分からん」

 あたしはがくりとうなだれる。だと思ったよ。いいの、期待なんてしてなかったもんね。断じて。もう一度辺りを見て、ぐぬぬと下唇を噛む。
 ツッチーから鉱山周辺の地図は貰っているが、肝心の現在地がさっぱりでは何の役にも立たない。お腹の減り具合からして時刻は多分お昼頃だろう。村を発ってから二、三時間といったところか。そんな時間をあれだけ出鱈目に走り回ったんだ。山を迂回する最短のルートなんてとっくに外れてしまっているだろう。くそ、また迷子か。一体どうなってやがる。神様もうよかとです。

「とりあえず一回村まで引き返してみるか? あんだけ暴れたし、なんか足跡くらい残ってんだろ。多分」
「……そうね。見たら道も思い出すかもしれないし」

 下手に進むよりは振り出しに戻るほうがいいか。果てしなく面倒だけど、仕方がない。まあ、そもそもちゃんと足跡とか残ってる保障なんて欠片もないから戻れるかどうかすら半ばギャンブルなのだけれど。
 はあーあ、と、あたしとヌヌのでっかい溜息がシンクロする。そんな時だった。

『――ハナ君――?』

 ジジジ、というノイズのような音に混じって、聞き覚えのある声が確かにあたしの名前を呼ぶ。

「は……えぇ?」
「ハナ、それ!」

 やたらと近くで聞こえた声に慌てて右へ左へ顔ごと視線を振って、ヌヌの言葉に自分のポケットが目に留まる。ちかちかと光るポケットからその光源を、小さなディスプレイより光を放つその端末を取り出す。すっかり忘れていたそれは、藍色の大魔術師様がくださった“デジヴァイス”――もどき。思わず鼻から涙を噴きそうになる。

「うぃ、うぃうぃ〜〜っ!」
「ウィザーモンか、その声!?」

 二枚目過ぎるタイミングに名前を呼ぶことすらままならないあたしに代わり、ヌヌが問えば答えた声は紛れも無い彼の魔術師その人であった。ディスプレイにはどこか彼に似たドット絵が浮かび上がる。

『ウィウィが誰かは知らないが、ああ、私だ、ウィザーモンだ。よかった、二人とも無事かい?』
「おう、まあまあピンチだったが、無事っちゃ無事だ」
「いや、大ピンチだったし!」

 地獄と地獄の二叉路から奇跡的な生還を果たしたところだ。地獄出身と一緒にするなよこの野郎。

『そうか……いや、鉱山にほったらかしにしてきた盗賊の残党が気になってね、気をつけてくれと言いたかったのだが』
「遅いよ!?」
『そのようだね、すまない』

 ディスプレイの向こうで申し訳なさげに頬を斯く姿が目に浮かぶような声色だった。突っ込んどいて何だが悪いのは大体あたしらです。何とも言えない顔をしてみるとヌヌも同じ顔をしていた。

『しかし驚いたよ、まさかもう山を越えていたとは。どうやったんだい?』
「……あい?」

 そんな言葉にヌヌと顔を見合わせる。見合わて、間抜けな顔で素っ頓狂な声を上げる。

「ええと……え? 越えたの? 山を?」
『うん?』
「てゆーか、ええ!? あたしたちがどこにいるか分かるの!?」

 目をぐるぐるさせながらちっちゃなディスプレイに鼻から突っ込むように詰め寄る。たじろぐような顔が見えた気がした。

『デジヴァイスの反応を追えばおおよその位置は分かるが……ああ、何だか大変そうだね。大体察しはついた。少し待ってくれ』
「少し? え、何が?」

 と、問うが早いか、ディスプレイの向こうから呪文の詠唱が聞こえる。訳も分からぬままとりあえず黙って正座で待機することしばし、詠唱が止むと同時にディスプレイから光の帯が現れる。

「おおおぉ!?」

 驚くあたしたちの目の前で帯はうねうねと蛇のようにうねり、やがてそれらは山や森を形作ってゆく。

『デジヴァイスを介し周辺一帯の地形をスキャニングしてジオラマ化してみた。急ごしらえの追加プログラムだが、これでどうにかならないかい?』
「ぅおおぉぉーん、おーん! ウィっさぁーーん!」
「十分だウィザーモン! オイラも泣きそうだぜ!」

 もはや言葉にもならないあたしに代わってヌヌがグッジョブと力一杯のサムズアップで応える。サウンドオンリーな通信じゃ見えない気もするけど、細かいことはこの際よしとしよう。

『そうか、それはよかった。ウィっさんが誰かは分からないが、役に立てて嬉しいよ』

 という、爽やかな笑顔が目に浮かぶような物言いは相も変らぬイケメンぶりである。どこぞの毒物から汚物を生成するだけのヌメヌメとは大違いだ。やはりあたしは勇者として持っているべき手札をどうしようもないほどに間違えていたのだ。ちょっとディーラー呼んで来い。あたしはただただ悲涙と感涙に咽び入るばかりであった。




『成る程、坑道か』

 口を開きっぱなしで立体地図を繁々と眺めながら感嘆の息を漏らす。傍から見ればきっとアホの子みたいな顔だったろう。そうこうしているとディスプレイの向こうからぽんと手を打つような音とそんな言葉が聞こえた。

「坑道?」
『ああ、恐らく君たちは坑道を通って山を越えたのだろう』

 問い返せばそう答え、と同時に立体地図の上に指差す手のようなアイコンが現れて鉱山らしき辺りを指す。と思えば今度は鉱山がゆっくりと透過され、内部構造が露になる。思わずおおおと声が漏れる。
 ん? あれ? いやでも坑道って確か……。あたしが眉をひそめると、同じ疑問をヌヌが先に口にする。

「坑道って、落盤があったとか言ってなかったか?」
『うん、確かに大きな岩と土砂が道を塞いでしまっている箇所があるが……よく見てくれ、脇にトンネルができている』

 と言われて立体地図を睨めば、確かに坑道の中に一つ、不自然に細く曲がりくねったトンネルが見て取れた。落盤を避けるように弧を描き、塞がった道の代わりとなるようなそのトンネルは、どんな馬鹿がどう見ようが明らかに落盤の後に誰かが作ったもの。誰か、というなら思い当たるのはあれしかないのだけれど。

「これ、ニセモグラが?」
『だろうね。何の為かは分からないが……少し気になるね。こちらの調査が終われば念の為に調べてみようか』
「あ、そっちのほうは何か分かったの?」
『いいや、残念ながら。今のところめぼしいものは何も』
「ああ……あはは、そうなんだ……」

 乾いた笑いを浮かべてかくりと項垂れる。ディスプレイの向こうから少し慌てた声が聞こえた。

『す、すまない! 努力はしているのだが……!』
「ああ、いやいや、いいの。気にしないで」
「気にするなって顔でもないけどな」

 なんていうヌヌの茶々はスルーしてうふふと笑う。益々戸惑わせてしまったような気もするが、うん、ごめんね。

「まあ、それはそれとして、とにかくありがと。これで何とか……なるよね、ヌヌ?」
「ああ、迷子だけならどうにかなりそうだ」
『そうか……ではこちらも引き続きゲートを調べてみるよ。二人も頑張ってくれ』

 そう言って小さく何かを呟く。鉱山の透過が元に戻り、手のアイコンが消える。そうして代わりにあたしとヌヌに似たアイコンと×印が地図の上に現れて、地面を走る赤い矢印が二つを繋ぐ。ここからここへ行きなさいという親切すぎる表示であることは説明されるまでもなかった。

『それじゃあ、健闘を祈るよ』

 そんな言葉で交信を終える。ディスプレイ上でピコピコと動くドット絵の魔術師もノイズと共に消え、後に残るのは宙に浮かぶ立体地図だけ。思わず「あ」と言って、どこへともなく手を伸ばしてしまう。何だか無性に寂しくなったが、けれどもあたしは勇者なのであるからして、我慢して頑張るしかないのである。

「ようし、そんじゃ行くとするか!」
「そうね……ああー、もう、がんばれあたし!」

 ぱちんと頬を叩いて気合を入れる。立体地図を見ながら歩き出す。地図の上で現在地を示すあたしとヌヌのアイコンが僅かに動き出す。まるでGPSだ。急ごしらえとか言っていたが、こんなものを即興で作るとかよくよく考えたらどんだけハイスペックなのだろうか。これなら迷いようもないな。一歩、二歩と歩いて、歩いて……そうしてふと足を止める。くるりと踵を返して、ヌヌを見る。

「で、どっち?」

 今し方歩き出した先に見えた岩壁と立体地図とを交互に見ながら、うんと頷く。そう言えばあたし地図見るの苦手だった。ヌヌが呆れた風な顔をしやがるが、こればかりは女性の右脳が男性より何かあれがほにゃららなのだとかどうとかでしょうがない奴なのである。
 しゃがんであいとデジヴァイスごと地図を突き出す。ヌヌは何とも言えない顔をしながらも地図を覗き込み、顔を上げて辺りを見渡すとびっと真横を指差す。あたしがさっき向かおうとした方向とは大分違った。

「こっちだな。しっかりしてくれよ救世主」
「てへぺろ」

 可愛く舌を出す。今度はスルーされた。おい。
 ぬりゅんぬりゅんと先を行くヌヌを追う。今言うことではないのだが嫌な足音である。足かなあれ。

「ねえ、村まではどのくらい掛かりそう?」
「そうだなー、二、三十分ってとこじゃないか?」
「まあまあ面倒な距離ね。むぐ」
「だな。いい時間だし先に飯にするか、ってぅおおおぉぉぉーーい!?」
「もむ?」

 振り返ったヌヌがなぜだか突然叫ぶ。あたしは泥団子をごくりと呑み込んで眉をひそめる。何だ何だいきなり。どうしたというのだ。

「何で食ってんの!?」
「何でって……お腹空いたから」
「自由か!?」

 何だそのツッコミ。まあ自由だけど。

「一人で食うなよ! 一緒にランチしようぜ!?」
「えー、今更言われても。後一個しかないけど?」
「ちょっと待って待っておかしい。何をどうしたらいつの間にそうなんの!?」

 はてと首を傾げて泥スープを一口。言われてみれば確かに減りが早過ぎるようにも思える。出掛けにこっそり摘んだりウンチから避難した時に泣きながら摘んだりウィっさんと話しながら摘んだりしたくらいだが……うん、別に早くはなかったな。道理でリュックが軽いと思ったぜ。
 あたしは最後の泥団子をぱかりと割って、半分を頬張りながらもう半分はヌヌへと差し出してやる。しょうがないなあもう。

「はい、泣く泣くあげる」
「お、おお……ハナ、遂にデレ期か?」
「そんなこと言うならやっぱりあげない」

 毒リンゴでも食ってろこの野郎。あーんとお口を開ける。

「ああー、待って嘘、嘘! 嘘だから! ごめん!」

 何やらわったわったと軟体をうねらせる。やれやれ、捻くれたお坊ちゃんだぜ。肩をすくめて溜息を吐いて、仕方がないので投げ寄越してやる。途端にヌヌの目がきらきらと輝いて、長い舌がぅんべろりんと宙で泥団子を捉える。この生き物は「今までで一番気持ち悪い」を日々更新し続けなければ死んでしまう持病でも患っているのだろうか。とりあえずご馳走様の際は農家と厨房に向かって土下座してみようか。
 軟体をもにゅんもにゅんと歪ませて咀嚼するヌメヌメに、あたしのかわいらしい笑顔も歪む。んごっきゅ、と満足げに泥団子を飲み込む。あの体のどこに喉やら胃袋があるのだろう。

「んみゃーい! ムラサキマダラ毒リンゴの次くらいにうまいな!」
「おい」

 おい! おおぉーい!?
 もう一回言うけど毒リンゴ食ってろよこの野郎!
 思わずこん棒を握る。握って、ふと近くの草むらから覗く紫の物体が目に留まる。あたしは振り上げかけたこん棒をすっと下ろし、聖母が如き微笑を浮かべてヌヌへ優しく声を掛ける。

「ねえ、ヌヌちゃん。ちょっとあそこ見てごらん?」
「ぅえ、ええ?」

 そんなあたしに戸惑いながらもヌヌはあたしが指差す先をそろりと見る。そうして、はっとなる。密林だろうが山道だろうが草むらだろうがお構いなしに実るそれ。てらてらと陽光を反射して不気味に輝く紫色の果実がそこにあった。

「あ、あれはムラサキマダラ毒リンゴ!? こんなところにも生えていたのか!」

 ふるふると震えながら探し求めた宝物を見つけたかのように歩み寄る。満面の笑みを浮かべるヌヌの口からよだれがでろりと垂れて、そしてあたしは、微笑みながら迷わずこん棒の一撃を繰り出す。ぶちゃっと、気持ち悪い音を立てて気持ち悪い汁が飛び散った。ヌヌが笑顔のまま固まった顔であたしを見る。あたしはにこりと笑い返して、再びこん棒を振りかぶる。

「そおい!」
「ほぎゃー!? 何で何で!?」

 毒リンゴをぐっちゃぐっちゃと潰すあたしにヌヌが我が身を引き裂かれているかのような悲鳴を上げる。何でも何も、あっはっは、ただの危険物の処理よ。危ないからどいてなさいな。うふふふふふ。

「ぎゃーす! やめてぇ、勿体無いから! 食べ物粗末にしちゃ駄目えぇー!」

 はて、一体どこに食べ物があるというのか。何を仰っておられるのかはさっぱりなのであるからして、危険物処理を続行しながらすたすたと先を急ぐ。思った以上にいっぱい生えてるな。嫌な山だ。モヒカンたちも何もこんな山を根城にすることはなかったろうに。
 あ、そう言えば今更にも程があるけれど、結局奴らはあたしたちの目的であるグラ……グラップラー拳闘士団? とかいう例の盗賊団の一員だったのだろうか。一匹ぐらい捕まえて情報搾り出しときゃよかったかな。いや、今から引き返してクソの山を掘り返すなんて真っ平ごめんだけど。それにしてもゴブリンといいモグラといいモヒカンといい、拳で闘ってた奴なんて一人もいなかったのに妙な名前である。

「ハナぁー! 考え事しながらも潰しまくんのやめてぇー! もごご!」

 潰し損ねた毒リンゴを口一杯に詰め込みながら抗議するヌヌを華麗にスルーし、あたしは眉をひそめてふうむと唸る。片手間にこん棒を振りまくるのも勿論怠らない。てゆーかそんだけ食えてりゃ十分だろうに。
 なおも響く悲鳴を背に受けて、あたしは軽やかな足取りで前へ前へと進む。次第に辺りの草木が背の高いものへと変わり、太い木々が増えてゆく。地図によればこれから向かう村は半ば禿げたこの山麓の雑木林を抜けた先、またもジャングルの中にあるようだ。いや、というよりはツッチーに貰った広域の地図を見るに、最初のジャングルが山を囲むようにしてここまで続いているのか。しつこいジャングルである。

「ヌヌ、こっちで合ってるよね?」
「もぎゅ? お、おお、そうだな」

 何だか変な声を上げたヌヌにも構わず歩を進める。毒リンゴ詰め込み過ぎて軟体がデコボコ変形していたがあたしは気にしない。腕疲れたからもう慌てなくてもいいんだけどね。まあまあすっきりしたし。
 ともあれ、目的地までもう少しだ。あたしは水筒に残った最後のスープを飲み干して、とっても軽くなったリュックを背に負ってジャングルを進んで行く。腐葉土のような地面を踏み、太い根っこを踏み、生い茂る木々の間を歩く。
 そうしてやがて見えてくる村に、あたしは力一杯こう挨拶をするのである。

「まいど! 勇者でーす!」

 さあ、今夜のご飯はなんだろうか。




 ふう、と重い息を吐く。顎のもじゃもじゃをもじゃもじゃしながら密林の村の村長はもじゃもじゃの髪から覗く目であたしたちを真っ直ぐに見据える。このもじゃもじゃの妖精みたいな人はこのもじゃもじゃ村の村長・モジャモジャングル=モジャモジャン氏である。違ったかな。あ、ジャングルモジャモンさんだ。である。村の名前はまだ聞いてなかった。
 あたしとヌヌは正座のまま、背筋をぴんと伸ばしてこくりと息を呑む。突然のことに状況はいまいち呑み込めていない。盗賊退治に来た勇者ですと言ったらいきなり村長さん宅まで連行されて来たのである。
 ええと……宴会なら楽しい雰囲気でお願いしたいのですけれど。とも言えそうにない空気であった。

 あたしたちの目の前には村長のもじゃもじゃさん。周囲には取り囲むように村人たち。家の外にもずらりと並んでいるのが窓から見えた。
 敵意があるようには見えないのだけれど。というか涙を流して喜んでいるように見える村人もいたのだけれども。さて、このお通夜のような空気は一体どうしたことだろうか。何となく、薄っすらとだけなら分からない気がしないでもないこともないような気もしたのだが。

「よもや、本当に……!」

 最初に沈黙を破ったのはもじゃもじゃ村長であった。目元になぜか涙を浮かべてあたしを見る。ばん、とその大きな両手が床を叩く。心臓が跳ねた。

「お待ち申しておりました、救世主様!」

 どっきゅんと中身が飛び出しそうな胸を撫で付けて、その余りの勢いに目を丸くする。どうやらちゃんと歓迎はされていたようだ。されていたようなのだけれど。もじゃもじゃさんが床を突き破らんばかりの勢いで頭を下げる。何か変なポーズで変な声が出そうになるが、救世主なのでどうにか我慢する。救世主……ええと、救世主って言った?

「どうか……どうか我らの仲間をお救いくださいませえぇ!!」

 ごごんともじゃもじゃの頭が床にめり込む。いや、本当に。ひび割れた床にあたしは今度こそ半立ちで腰を捻って万歳をした変なポーズになりつつ、驚いてるのか笑ってるのか分からない変な顔になる。最初の自己紹介を思い切り間違えたことに気付いたが、既に後の祭りだった。周りの村人たちの視線が痛い。ちらりとヌヌを見るがでろりと舌を垂らして呆然としているだけだった。
 あたしは変な顔とポーズのまま、ただただ声を裏返すことしかできなかった。どうやら次のクエストは、既に否応無しに始まっていたらしい。

「……ひゃい?」






>>第四話 『花と伝説の……』へ続く







<登場キャラクター紹介>


■ハナ
 本作のヒロイン(?)である14歳の女子中学生。こん棒片手に成長期10体ぐらいなら殴り飛ばせるか弱い乙女。お母さんが恋しくなったが勇者なので頑張る健気な女の子である。

@ハナ


■ヌヌ
 本作のマスコット(?)である緑のヌメヌメ。毒物を食べて汚物を生成する。とある魔術師の存在に危機感を覚えて禁断の秘奥義を披露するもヒロインを泣かせた。

Aヌヌ


■ウィっさん
 コロコロ呼び名が変わる万能な大魔術師。ウィっさんに頼めば大体何とかなるが忙しくて一緒に来てはくれなかった。


■モヒカンザコ
 モヒカンだと思ったらヒレだったが気付いてた。1匹みたら30匹いると思うべし。


■もじゃもじゃさん
 もじゃもじゃしてる。


■神
 引き続きヒロインの前に立ち塞がるやんごとなきお方。立ち塞がった覚えはない。