
【お姫様抱っこ】
これまでの粗筋!
デジタルワールドに迷い込んだヒナタは、旅の中、ひょんなことから光のスピリットを手に入れる。さらには水のスピリットを持つマリーを仲間に加え、元の世界へ帰るための手掛かりを求めて旅を続けるのであった。
……という、あれやこれやとは特に関係なく、マリーはふと呟くのであった。
「お姫様抱っこって、どんな感じなんだろ?」
時刻は夕方、川辺の洞窟で野営の準備を終え、食事も済ませた後、焚き火を囲みながら一息ついた頃にふとマリーが誰にともなく問いかける。
「何、急に?」
「いや、なんとなく。なんかそんな夢見た気がしてさ」
「ふぅん……されてみたいの?」
あまり色恋沙汰に興味はなさそうだったが、そんなシチュエーションに憧れでもあったのかと、ヒナタは少し意外に思う。けれどマリーは眉をひそめ、
「うーん、そんなには?」
腕を組んで首を傾げ、なぜだか本人が一番不思議そうに言う。
「なんでそんな夢見たのかなって。あたしそんな願望あるのかな?」
「どうかな。どこかで見たのが印象に残ってただけかもね」
「なるほどー。そっかぁ……」
なんて頷きながら、じいっとヒナタを見詰める。
視線の意図を察してヒナタは首を振る。
「できないからね?」
マリーは小柄だが、ヒナタもヒナタで十分小柄な女子である。
その細腕で人ひとり抱え上げるのは無理があろう。
しかしマリーはちっちっちと指を振り、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「おやおやヒナタさん、なにかお忘れでは?」
「あらあら、なにを忘れたかしら」
「スピリット・エボリューショおぉぉーーン!」
言うが早いかマリーはデジヴァイスを掲げ、巨大イカの魔女・カルマーラモンへと進化する。
そうしてドヤ顔で胸を張るのである。
「これなら楽勝!」
「まあ、賢い」
適当な返事をするヒナタは迫りくる触手にもされるがまま。
触手に持ち上げられ、お姫様抱っこと言えなくもないこともない格好になる。
「どうどう? どんな気分?」
「捕食される小動物の気分ね」
「わあ、ひどーい」
イカの脚はウォーターベッドみたいで意外と心地はよかったが、巨大イカの圧が強すぎてどうにも落ち着かない。
なんて思っているとカルマーラモンはそっとヒナタを下ろして、
「じゃあ交代! ヒナもやって!」
と、人の姿に戻り、「抱っこ」と言わんばかりに両手を伸ばす。そんな可愛くねだられたらやらざるを得ないではないか。
ヒナタはデジヴァイスを取り出し、ヴォルフモンへと進化する。
そっと膝をつき、マリーの細い肩へと手を回す。
そうして優しく抱き上げる。
「わ、わ、わぁ」
「如何です、お姫様?」
「うむ! うん……思ったより照れる」
なんて言いながらもじもじするマリーには、あまり乗り気でなかったヒナタもなんだか少し楽しくなってくる。ここは顔を出したSっ気に任せてみることにした。
「お気に召しませんか、お・ひ・め・さ・ま?」
「ひあぁ、イケボで囁かないでぇ……!」
「あ、ちょ……!」
思わず身悶えするマリーにバランスを崩し、手が滑って落としそうになってしまう。慌てて抱え直そうとマリーの身体を引き寄せる。小脇に抱えるようなおかしな体勢になりつつ、どうにか踏みとどまる。
「もう、危ないでしょ」
ほっと一息ついてヒナタが言えば、なぜだかマリーは眉をひそめる。
お姫様抱っことは程遠い格好。憧れるところなんて1ミリもない。なのになぜだか、
「あれ? なんかしっくりくるかも」
「え?」
「あ、これかも、夢のやつ」
「いや、どんな夢見てたの……」
それは神のみぞ、いやマリーのみぞ知るところ。
遠い遠いどこかで、知っているようで知らない誰かがくしゃみをした気がした。
-終-