
【マジ卍】
見聞を広めるために旅を続ける放浪の魔術師・ウィザーモン。様々な小世界を渡り歩くその道すがら、立ち寄ったとある村で彼は、聞いたことのない言葉を耳にするのであった。
『マジ卍』
かつてこの地を訪れた人間の少女が使っていた言葉だというが、それを真似して使い始めたというそのデジモンにも、実際どういう意味であるかは定かでないそうだ。
ならなぜどうやって使っているのかと尋ねてみれば、「なんとなく、雰囲気で?」だという。
しかしながらどんな言葉にも必ず起源、由来はあるものだ。『マジ卍』……果たしてそれはいかなる言葉であろうか。
リアルワールドの様々な地域において、“卍”は古来より幸運のシンボルだ。
あるいは“太陽十字”。円と十字からなる光明神のシンボルの派生形でもある。
また、特定の地域では寺院を表す地図記号としても用いられる。
太陽が物理的な豊かさ、宗教が心理的な豊かさを表すなら、ここから考えられる“卍”の意味はやはり“幸せ”といったところであろう。
“マジ”が“本当に”の意味であれば、つまりは“本当に幸せである”ということになるだろう。
だがここに一つ疑問がある。そんなシンプルな意味、由来であればなぜその程度のことが伝わっていないのだろうか。
リアルワールドにおいて、その文様を左右逆転させた印は、ある国のシンボルマークとして用いられていた歴史がある。
今から一世紀近くも昔のことであるが、世界中の国々を巻き込む大戦の折、悪名高い独裁国家がそのマークを掲げていた。
敗戦国となり、独裁者は自害し、それは今や忌むべき歴史の汚点を象徴するマークとなっている。
一方では幸福や豊饒を表し、他方では戦争と弾圧を想起させる。正と負、真逆の意味を持つこのマークを用い、異界の少女は果たして我々に何を伝えようとしたのだろうか。
ここで一度“マジ”についてもフォーカスを当ててみるとしよう。“本当に”の意味だという前提で仮説を立ててきたが、あるいは何か別の言葉を略したものかもしれない。
マジック、魔女、マジェスティ、混じり、呪い、マジョリティ、マージン……“マージ”?
なるほど、併合を意味する“マージ”の長音が省略された、というのは十分に有り得るのではないだろうか。
『マジ卍』――それは幸も不幸も、善しも悪しきも、正しさも過ちも、すべてを一つに併合し、すべてを等しく受け入れるという意思表示。
そう解釈するなら、この言葉が一定の意味、用途に限定されず、様々なシチュエーションでフレキシブルなニュアンスをもって用いられることにも説明がつくのではなかろうか。
すなわちそれはボーダーレスな新時代のラブ&ピース……!
嗚呼、なんと深い言葉だろうか。発案者はリアルワールドの高名な識者に違いないだろう。
件の村を発った直後に道に迷って遭難したこの状況も忘れてしまえるほどの感動が、私の心を満たしている。
この言葉をこの世界にもたらしてくれた人間の少女よ、ありがとう。いや、今こそこう言わせてもらおう。
「マジ卍……!」
-終-