
【初体験】
「ビーストスピリットぉ……ゲットだぜぇぇい!」
イカのような形のアーティファクトを高らかに掲げ、ラーナモンこと露崎真理愛は雄叫びを上げる。
それは三人の選ばれし子供がデジタルワールドにやってきて、半月ほどが経った頃。
旅を続ける中で各地に残された十闘士の伝説に触れ、その力がヒューマンとビーストの二つに分かたれていたことを知った彼らは、片割れたるビーストスピリットを探してデジタルワールドを冒険していた。
そうして辿り着いたここ、“人魚の入江”でスピリットが共鳴するかのような不思議な感覚を覚え、その海底にて遂に水のビーストスピリットを発見するに至ったのである。
海中の大きな真珠貝に隠されていたスピリットを手に、海面に顔を出す様はでかい獲物を取った海女さんのようだったが、男性陣はそんな感想をそっと胸に仕舞うことにした。
「よっと」
水圧を操り足場にし、水の妖精は軽やかに跳ねて岸へと戻る。そうして進化を解くと、露崎真理愛――マリーはスピリットを抱いてにひひと笑う。
「嬉しそうだな」
「そりゃそうだよー! だってあたしまた最後だもん!」
なんて、ぷうっと頬を膨らませる。
旅に出てから数日、最初に見付かったのは闇、次いで鋼のビーストスピリットだった。これで三つ目、ようやく三人全員がビーストスピリットを手に入れたのだ。
「よっし、じゃあ使ってみる!」
「いきなりか。制御が難しいと言っただろう」
「そんときゃよろしく、ね、灯士郎!」
「む……ああ、わかった」
「やれやれ」
「スピリットぉぉ……エボリューション!」
言うが早いか、マリーは両手を勢いよく突き出して叫ぶ。左手には光の帯・デジコードが乱気流のように渦を巻き、右手のデジヴァイスがその膨大な数列を読み込み、変換する。
マリーが両手を上下に開けば光の帯は弾け、彼女の身体を包み込み、その肉体構造を瞬く間に書き換えていく。
「うぁっ!? あっ……ああああぁぁ!!」
光が一際強く閃いて、体組織の急激な変質に思わず声を上げる。嵐のようなデータの奔流が、やがて爆炎のように弾けて散る。その後に、姿を現したのは――
「ほう……」
と呟いてアユムはくつくつと笑う。
水のビーストスピリットの闘士、その姿を一言で言うなら、イカだった。逆さまのイカの脚の間から女性の上半身が生えているという、中々に奇抜なデザインである。
「これはまた、悪役然とした姿だな。まあ、人のことも言えんが」
「だが水中戦では頼りになりそうだ。船旅になることも多いからな」
「くくく、確かにな。なんなら船の代わりになってもらおうか」
などと言って笑う。そうして当人を見上げると、「さて」とデジヴァイスを取り出し、メルキューレモンへと姿を変えて跳躍する。イカの脚の上へと飛び乗って、
「で? 君としてはどうかな、“水のカルマーラモン”?」
スピリットの記憶が告げる名を口にし、彼女へ問い掛ける。先程から不自然に大人しいマリー、いや、カルマーラモンはゆっくりと顔を上げ、メルキューレモンの鏡に映る自らの姿を見据えてぽつりと呟く。
「……結構セクシー」
だそうである。
メルキューレモンはふうと息を吐き、肩をすくめる。
「存外余裕だな。必要ないか?」
「……いや、ごめん……もうむり」
ぷるぷると震える手を縋るように延ばし、ぷくっと頬を膨らませる。「激おこぷんぷん」ではない。「吐きそう」なそれであった。
ただ吐き出すのは、己の中で荒れ狂わんばかりの野性と衝動。つまりはそう、案の定の暴走である。
「やれやれ、仕方ない」
「お手数おがげじまずぅ~」
とうにこうなるとわかっていたメルキューレモンは両腕の盾を構え、灯士郎もまた二人が話す間にレーベモンへと進化をしており、互いに臨戦態勢は万全であった。
「少し痛いが我慢しろ」
「優じぐお願いぃ~……!」
なんて泣きそうな声で言う女の子をぶっ飛ばすのはとても気が引けたが、そんなことを言っていられる相手でないことは十二分にわかっていた。
闇と鋼の闘士は得物を構え、こうして、伝説の三闘士による伝説にはならない戦いが幕を開ける――
が、それは時間にして5分足らず。最終的にカルマーラモンが竹トンボのようにお空の彼方に飛んでいくことで戦い自体は終結するのだが、回って回ってどこまでも飛んで飛んでやがて墜ち、大草原のど真ん中でノビていた彼女を二人がようやく見付け出すのは、それから更に小一時間を要することとなるのであった。
-終-