
【本日は曇天なり】
その日は曇り空だった。
鉛色の雲が見渡す限りの空を覆い、リアルワールド球が顔を覗かせる僅かな隙間さえない。今日という日が曇りであること自体になんら不都合はないけれど、決して気分のいい天気ではなかった。
塔の窓辺に腰掛けながら空を眺め、小さく息を吐く。そんな俺に、古びた本の上に浮かぶ小さな賢者がふむと唸る。
「曇天が嫌いとは意外だね。闇の眷属は暗がりを好むものだと思っていたが」
などと言われてはたと気付く。昔は天候なんて気にも留めたことがなかったが、思えば今は晴れ空を好ましく感じる自分がいる。
「そうだな……よくはわからねえがどうにも気分が晴れねえ」
残りカスとはいえこちとら元魔王。常夜のパンデモニウムに属していたとは思えない感覚だなと、自嘲する。
「成る程、興味深いね。彼女の影響だろうか」
「んなわけ……ねえこともねえのか?」
「ふふ、まあいいさ。それより一つ思い付いたことがあるのだが」
「へえ、どんな悪巧みだ?」
「いろいろ晴らせるかもしれない悪巧みさ」
なんてやり取りはもはや悪友のそれ。
「言ってみろ」
「なに、天候を操作することはできないだろうかと思ってね」
「相変わらずネジの飛んだ発想だな。で、なにからやんだ?」
「躊躇なく乗ってくる君も十分ネジは飛んでいると思うよ」
そんな言葉を交わして二人は、インプモンとワイズモンは早速その壮大なる暇つぶしへと着手するのであった。
まず取り組んだのは雲の成分、成因の究明であった。知識としてリアルワールドにおける雲の原理は知っていたものの、デジタルワールドにおいてのそれが同様であるかは不明だった。
探せば気象の研究者くらいどこかにいるかもしれないが、その知識・研究成果を共有する場というものがそもそもこの世界にはなかったのだ。
さて、結論から言うなら雲の成り立ち、その基本的な原理にデジタルワールドとリアルワールドとで大きな差異はないようだった。
となれば次はいよいよそれをどう操作するかである。
吸湿性の粒子を散布することで雲を形成する水や氷の粒を消失させるか。逆に凝結の核となる粒子によって雲を作ることも可能か。気流や音波によって雲の移動や降雨を促すこともできるかもしれない。
あるいは、小世界であれば地質や気候はコードクラウンと呼ばれるコアプログラムによって管理されているはずだ。ここに直接干渉することである程度の気象操作も可能かもしれない。
等々、とりあえず二人の暇人は思い付いたことを実行可能な範囲で片っ端から試すことにしたのであった。
そう、あくまで可能な範囲、で。
しかしながら幸か不幸か、いや、彼らにとっては幸であり、彼ら以外には間違いなく不幸なことに、彼らの力と知恵とコネクションと、倫理感の前では不可能なことなどそうそうないのであった。
その後、近隣の国では謎の局所的超集中豪雨や、打って変わって灼熱のような炎天となるなどの異常気象が多発したのだが、彼らの研究との関連性は不明である。不明であるが、多分きっと元凶である。
-終-