
【女か虎か】
自分が嫌いだった。
自分の姿形が醜くて仕方がないと、できることなら違う姿に生まれ変わりたいと、そう思って生きてきた。
古来、祖先たちは短い時間に多様な進化を繰り返したと聞く。そんな時代に生まれていたなら、あるいは望みもあったかもしれないけれど、それは叶うはずもない願いだった。
長い長い歴史の果て、今のような形に辿り着いたことは紛れも無い進化なのであろうが、私にとってそこは、望んだ到達点などではなかった。
だから私は、自らの理想とする到達点へ至る道を、自らの力で切り開くことにした。
まず取り組んだのは外皮の作成だった。
初めから体構造そのものを作り変えることはあまりにリスキーだ。本来の肉体はそのままに、理想の姿形でそれを覆う。
幸いにも私の進化の形は、不定形のこの身体はその方法に適していた。
勿論そんなものは仮初の姿に過ぎず、これを取っ掛かりによりよい方法を模索していくつもりであったが――しかしながら、これが存外に悪くないものであった。
試作第一号は憧れ続けた人型にした。
本来の姿からは掛け離れた形であったが、これが思いの外に不自由もなく動かすことができた。
惜しむらくは力が大きく制限されてしまうことだが、着脱可能な外皮であればさして問題もない。
そしてこうなってくると更なる欲が出てくるのも仕方がないことだった。
試作第二号は一号をベースに、ビジュアル面をより追求することにした。
さて……ここで突然だが、美とはなんだろうか。
醜い獣の姿から、ただの着ぐるみとはいえ美しい人の姿となった私は、そんなことを考えるようになっていた。
美の方向性は一つではない。思想や価値観、感性の数だけ美には異なる終着点がある。
多くの美しいものを目で見て、耳で聞き、肌で触れ、心で感じる。そうすることで私にとっての真なる美を見出だそう。と、私は旅に出ることにした。
様々な物を見た。様々な者と出会った。その中でも、一際目を引いたものがあった。
彼女は歌い手であるようだった。
大きな真珠貝を模したステージで、沢山の観衆に囲まれて歌っていた。その姿に、思わず目を奪われた。
歌い手であると同時に踊り手でもあり、その舞と歌に、観衆たちは魅了されていた。この私さえ例外ではなく、世辞でも何でもなく、掛値なしに彼女は美しかった。
雷に撃たれたようだった。
私のインスピレーションがかつてないほどに刺激され、創作意欲を掻き立てられた。
七日七晩を休まず試作第二号の製作に費やした。否、もはやこれこそが終着点であると、そう思えるほどの出来だった。
かねてより協力してくれていた友人に、この美しさをいち早く披露したいと彼を呼び出した。快く応じてくれた彼の前に、私は新たな姿で歩み出る。
緩く波打つたおやかな髪。白く澄んだ玉の肌。戦闘能力を度外視した華奢な肢体はそう、あの日見た彼女のようなそれ。
私はたたんたんと軽快にステップを踏み、おもむろに片脚を上げ、片目をつぶり、その前でピースサインを作ってみせる。
「スイコの~、ルカちゃんだよ☆ 今日はぁ、来てくれてありがとぉ~☆」
件の歌姫を真似て私独自のアレンジを加えた完璧なる挨拶に、その美しさと愛らしさに、さすがの友人も言葉が出ないようだった。
なぜか「どうした」と尋ねられたがいまいち質問の意味はわからない。
「んもう、どうもしないよ? おかしなバグっち☆」
そう、それは、種の宿命に抗い続けたあるデジモンの、苦難と努力と迷走の物語であった――
-終-