
【はっぴーばれんたいん】
「ふっふっふ、よくきたのう」
薄暗い部屋の中で燭台の灯に照らされて、彼女は客人をそんな言葉で迎え入れる。赴いた覚えはまったくなかったがどうやらここは彼女の部屋らしい。
「きょうはなんのひかしっておるか。そう……“ばれんたいん”じゃ!」
薮から棒に問い掛けて、答えもまたずに正解を発表する。バレンタイン――意中の相手にチョコレートを贈り、想いを伝える日、だとか言っていたか。
「きさまのことじゃ、どうせいろこいざたなどむえんであろう」
ふふん、と遥かな高みから鼻で笑い、彼女はびしりとこちらを指差す。
「そんなきさまにこのりりすもんさまが! “ちょこれいと”をくれてやろう!」
着物の袖から取り出したハート型の包みを突き付けて彼女は、自称リリスモンとやらは得意げに控えめな胸を張る。
「さあ、ないてよろこぶがよい!」
と言われて俺は、このインプモン様は包みを受け取ってただ呆れる。
「どういう趣向だこれ」
気付けば見知らぬ場所、見知った奴が見知らぬ姿で延々訳のわからないことをほざき続けている。リリスモンなる知り合いは齢数百のクソババアだったはずだが、いま目の前にいるのはよく似た顔立ちと恰好の幼女だった。きっとまた悪い夢だろうことは早い段階から理解できていたが、その首謀者が何をしたいのかはさっぱりだ。
「なに、きさまのちんちくりんにあわせてやったまでのこと。このすがたもまた“きゅうと”であろう?」
などと供述しており、この気まぐれの意図など考えるだけ時間の無駄なのである。
「この夢殴ったら醒めるか?」
「なんじゃ、つれんのう。おとめのさそいをむげにするものではないぞ」
「せい!」
とりあえず無視して自分のほっぺにグーパンをかましてみる。しかし何も起きない。予想はしていたがそう簡単な呪いではないらしい。
「せいや!」
だが諦めない。諦めるものか。俺は必ずこのふざけた悪夢から脱出してみせる。せえい!
「しかたないのう。よいか、ねむりののろいというのは“きす”でとけるとそうばが……」
「どっせえぇぇい!」
構わず殴り続ける。現実の自分は夢と同じ寝相でぼっこぼこであったが、そうと知っていてもやはり殴り続けただろう。
それは世界を揺るがす魔王たちの、世界を揺るがさないある冬の日のお話であった。
-終-