
【命短し恋せよ乙女】
「ヒナタさんって、彼氏いるんですか?」
そう問えば答えは即座に帰る。ただ帰ってくる方向は求めた場所とは違っていたけれど。
「いない!」
「なんであんたが答えんのよ」
食い気味に即答したマリーの頭を小突き、改めて向き直る。彼女はくすりと笑い、「いないわ」と言う。
小学校からの友人であるマリーが、いつの間にかどこかで知り合ってきたという彼女、ヒナタさんはあたしたちより二つ年上のお姉さんだ。
この町の庶民の間では有名な丘の上のお嬢様学校に通い、ザ・庶民なマリーが一体どうやってお近づきになれたのかはさっぱりだが、そこら辺はなぜかいくら聞いてもはぐらかされる。
いかがわしい関係なのかと聞いてみたこともあったが、マリーは何を聞かれているのかさえわかっていない様子だったのでまあ違うのだろう。
だが経緯はともかくとしてこの人と知り合ってきたのはグッジョブである。あたしはセレブなお嬢様に興味が津々だ。主に恋愛方面の。
あ、申し遅れましたがあたしの名前は春日居依子である。お口のよろしくない友達からは恋バナのヨリちゃんなどと呼ばれている。不本意だが。あたしだって本当は自分が噂される側になりたいのだが中々なれないのでもっぱらする側である。
だがそうそう面白い話がごろごろと転がっているわけもなく、ぶっちゃけ周りだけじゃとうにネタ切れだ。そんなあたしの前に彗星の如く現れたのがこの人、ヒナタさんなのである。現れたっていうかまあ、マリーに話聞いてあたしから会いに来たんだけど。
「じゃあ気になる人は? 誰かいないんですか? モテますよね?」
マリーに「いや怖い怖い」と言われる勢いで頼み込み、セッティングしてもらったこの女子会。待ち合わせ場所はいもしない彼氏とのデートを妄想していたこの街一番のお洒落カフェ(あたし調べ)。お洒落すぎて入れなかったここにさらっと来てはすっと溶け込み、聞いたことない名前のお茶をお上品にいただいているこの人が、モテないだなんてことあるだろうか。いや、ない!
「えと……」
「ぐいぐいいくね」
いからいでか、こちとら思春期ぞ!
「女子校だから男の子と接点がないの」
「あー! そうだった! あ、じゃあ先生とかは?」
「先生?」
問われてしばし、彼女は「考えたこともなかったわ」と言う。言われて思い浮かんだのは大体おじさん、おじいちゃん先生ばかりであったが、ヨリちゃんは勿論知る由もない。
「ごめんねー、ヒナ。この子ちょっとした病気で」
「失礼ね、誰もが罹る熱病でしょ!」
「それ噂される側じゃない?」
「ふふ、面白い子ね」
なんて笑う度量もまたお嬢様。あー、この人のきゅんきゅんする話が聞きたい!
「あ、そうだ。実は今日ね、もう一人……」
「やあ、お待たせ」
言ったと同時、背後から掛かった声に振り向けば、そこには爽やかな笑顔を浮かべて佇む王子様のような人。息を飲むような容姿に思わず見取れれば、王子様はふっと微笑む。
「僕の顔に何か付いているかい、子猫ちゃん?」
「少女マンガみたいなキラキラが付いて見えます……」
「もう、藍子。からかわないの」
「らん……え?」
そんな言葉に王子様、もとい“ランコ”さんは肩をすくめ、冗談めかして笑う。
「バラすの早いよ。折角着替えてきたのに」
「そんな理由で遅れたの?」
「あはは、制服じゃ一発ですもんね」
「やあ、マリーちゃん。今日も可愛いね」
「やだもう。正直なんだからっ」
という友人の慣れた返しには、なぜだか若干の寂しさを覚えてしまう。いや、相手女の子だけれども。
「というわけではじめまして、ヒナの幼なじみの住良木藍子です」
「は、はじめまして……ああ、ご、ごめんなさい、さっきは」
「いいのよ。わかってて楽しんでるんだから、この子」
「酷いな、ヒナに悪い虫が寄り付かないようにだよ」
「はいはい、ありがとう」
みたいなやり取りには思わず指をくわえて本音が零れる。
「いいなぁ……」
いや、女の子なのは重ねてわかっているのだけれども。
「しょうがないなぁ、ここはマリーちゃん、もといマリ夫くんが一肌脱いで……」
「後の自己嫌悪がすごそうだから遠慮しとくわ」
髪を束ねかけた友人を制止し、うなだれて歯噛みをする。「くう」と唸り、春日居依子は溢れんばかりの思いを一思いにげろっと溢れさす。
「ヒナタさん、恋がしたいです……!」
「がんばってとしか言えないけど……」
それは恋に恋する乙女の、ある日のお話であった。
-終-