
【読めちゃ駄目なこと】
「あ」
という声は三重に、はたと顔を合わせた三人と一人は互いに一瞬見つめ合う。
「あー、えっと、うちの姉貴」
最初に目を反らし、声を上げなかった一人の友人にそう言ったのは声を上げた三人の一人、折笠陽であった。
「あ、そうなんだ。おはようございます。河合紫と申します」
と、陽の友人、紫は笑顔で挨拶をする。
所は折笠家の前、時は平日の朝、いつもの仲良し三人集まって、これから登校しようというそんなタイミング。
「ああ、どーも。ハナちゃんもおはよ」
「うっす、ふーちゃん先輩。ぐんもーにんっす」
びしっと敬礼して言った妹の友人・雨宮花に、陽の姉・折笠風は「相変わらずだね」と微笑む。
「これからガッコ?」
「そっす」
「そっか。いってらっしゃい。気をつけてね」
「うぃっす。いってきまっす」
そう言って互いに手を振って、風は自宅へ、花たちは学校へと向かって歩きだす。そんな中、陽はふと玄関扉に手をかけた姉の背に声を掛ける。
「姉貴」
「うん?」
「お父さん、そわそわしてた」
「うぐっ……そ、そっか」
なんて短い姉妹の会話は、端から聞いても意味などわからないだろう。陽は少し先に行った友人たちに追い付くと、並んで歩き始めてからぽつりと言う。
「昨日ね」
「うん」
「ちょっと厄介な課題、友達と片付けるっつってさ」
「うんうん」
「夜になってもまだ終わりそうにないから、今日は泊まるって」
「ふうん」
陽からそんな話を聞かされて、花はうむうむと唸る。そうして短い沈黙を置き、うんと頷く。
「やってますな」
「やってんね」
「やってる?」
花が言い、陽が即座に同意し、紫は首を傾げる。
「あ、課題? 大変なのね、大学生?」
などと続けた紫に、花と陽はお互い顔を見合わせる。
「そうじゃないんだけど……ああ、まあ、ユカはそれでいいか」
「え? あ、あれ? 私、何かおかしなこと言った?」
「いやいや、いいんだよー。ユカリんは、それで合ってるよー」
「ええ? で、でも私、空気読めないって言われたりするし、また……」
「えー、誰がそんなこと言ったの? ちょっとぶっ飛ばしてくるから名前言ってみ?」
「えええ!? だ、駄目だよぅミナミちゃん、暴力は……!」
「助太刀いたす」
「ハ、ハナちゃん!?」
ふんすと鼻息荒く物騒なことを言う友人たちに、本気でうろたえる辺り確かに冗談は通じていないのだろう。ただ、この友人たちに限っては本当にやりかねない危うさも多々あるのだが。
花はそんな紫にお母さんのような顔で微笑むと、親戚のおじさんのような顔で陽にしみじみと言う。
「いやぁ、しっかしユカリんに比べてあたしたちときたら……汚れちまったもんだなぁ、ミナさんよう」
「何キャラだそれ。だがまったくだな」
なんて言い合う二人を余所に、何か考え込んでいた紫がふと、声を上げる。
「よ、ようし。私、決めた!」
「うん?」
「ハナちゃん、ミナミちゃん、私……空気が読めるようになりたい!」
「駄目」
「だから手伝っ……えええ!?」
かつてないほど息の合った二人の即答に、紫はただただ困惑するばかり。
気持ちはわからなくもない。なくもないが、しかして二人は思わずにはいられないのであった。
願わくば、そのままたれ。
-終-