
【Nobody's Perfect】
歴史にもしもはない。などと得意げに言うものもいるが、先人の過ちを未来の教訓とすべく歴史を学ぶというなら、“もしも”を考えることこそがその学問としての本質とも言えるのではないだろうか。思慮のないものにとって、失敗は成功の母になどなりはしないのだから。
始まりは幼い憧れだった。子供の時分、特撮ヒーローに夢中だった彼はいつか、自分もそうなりたいと思った。勿論、それが叶わぬ夢だなんてすぐに気付いたけれど。
誰もがいつか現実を知る。ヒーローなんて夢のまた夢だと思い知る。ただ……彼は少しばかり人とは事情が違っていた。
大人になる少し前、彼にはその機会が訪れた。ヒーローとなって世界を守るべく戦う、そんな、いくら願おうと叶うはずのなかった機会が。
“選ばれし子供”と、彼は、彼らはそう呼ばれた。
コンピュータネットワークの深部に生まれ、今となってはもはやそのカテゴリに属すかも定かでない電脳世界・デジタルワールド。そんな異世界に迫る危機へと立ち向かうべく、救世主として彼らは呼ばれたのだ。
戸惑い、驚き、けれど彼らは戦った。育まれる友情、紡がれる絆、芽生える勇気と使命感。物語の主人公になったようだと、不謹慎にもそう思ってしまったこともあった。憧れたヒーローになれたのだと、喜びさえ覚えた。
しかし――そうして戦い続けるうちやがて、現実はそう甘くもないのだと彼らは知ることになる。
それは決してハッピーエンドの約束されたフィクションなどではなく、結末は誰にもわからない未知の冒険だった。
それは血と涙に彩られた、およそ争いとは無縁の世界で育った子供たちにはあまりにも過酷な死と闘争の物語だった。
結末を言うなら、それは勝利に外ならなかったろうけれど、その過程は、払った犠牲はあまりにも多過ぎた。
一体どれほどの血が流れたことだろう。時に無辜の民が、時に戦友が、戦いの中に次々と散っていった。そして時に敵対するものたちを、外ならぬ彼ら自身の手であやめていった。
罪を憎んで人を憎まず、とは言うけれど、それは清く正しくあるべき正義の姿であろうけれど、そんな綺麗事が介在する余地など、彼らの現実には欠片もありはしなかったのだ。
必死だった。決死の覚悟で戦場に立つ敵に、ただただ必死で立ち向かった。気付けば血塗れの薄氷の上で勝利を抱いていた。
世界を救った英雄だと周りがいくら讃えようと、彼らの心には後悔が汚泥のように纏わり付いていた。
ともすれば、あの日の自分にはまだできたことがあったのかもしれない。すべきことがあったのかもしれない。と、戦いが終わり、日常へ戻り、こうして何十年もの時が経とうと彼らは、彼は悔やみ続けた。
墓標の前で瞑目し、頭を垂れて、男は友への思いを馳せる。
命日でもない日に隠れるように訪れるのは、何も話すことができないから。説明のしようなんてあるはずもないのだから。
誰も彼をも救えるヒーローなんていやしない、けれど、それでも、そうなろうとすることを誰もが諦めてしまってはいけないのだと、男はそう思った。
そこに意味はないのかもしれないけれど、違いなどないのかもしれないけれど、それでも男は、今日も明日も、ヒーローたろうとするだろう。
また来ると、それだけ告げて男は踵を返す。何かに気付いたようにただ一度だけ振り返るも、ふと笑い、小さく何かを呟いて霊園を後にする。
その背を見送るように立つ黒い騎士の姿があったことに、気付いたかは定かでない――
「またな、玄一朗」
『ああ……またな、隆成』
-終-