
【イカしたボディ】
それは、とある昼下がりのことだった。
「ねえ、マリー」
「ん~、なぁに?」
エルドラディモンの背に建つ城の一角、塔の展望台にヒナタとマリーはいた。
城の外では今も騎士団の面々が任務に東奔西走していることであろうが、現状では特に手伝えることもない二人は、英気を養うという大義名分の元に憩いの一時を過ごしていた。
ふと、ヒナタは手持ち無沙汰にマリーへ声を掛ける。随分と気の抜けた返事だったが、別段たいした用事でもないので構いはしなかった。
「カルマーラモンになった時にね」
「うん」
「ドリルみたいにぐるぐる回ったりしてたけど」
「あ~、回るねー。ぐるぐる」
「あれって酔ったりしないの?」
なんて、本当にたいしたことない質問の意図は、単なる暇潰しであった。
そんな問いにマリーは壁に寄り掛かって空を眺めながら、
「う~ん、そうだなぁ……」
と呟いて、不意にはたとヒナタを見る。気のせいか頭の上には電球がぴこんと光って見えた。マリーは悪戯っぽく笑い、そうして、何の躊躇いもなく塔から飛び降りる。
少し前までのヒナタならきっと驚いて声を上げていただろうけれど、しかしもはや慣れたものであった。
「じゃ、試してみる?」
そう言ってマリーの飛び降りた場所からぬっと顔を出したのは噂のカルマーラモンその人、そのイカ。展望台には納まりきらない巨体が触手を巻き付けて塔の外壁にへばり付いていた。
私の胸に飛び込んでおいで、とばかりに両腕を広げるカルマーラモンに、しかしてヒナタは即答で首を振る。
「それは遠慮するわ」
「んもう、ヒナちゃんったら照れちゃって!」
自分で自分を抱きしめて、カルマーラモンは頬っぺを膨らませて首を振る。多分だがそれはカルマーラモンのキャラではないと思うヒナタであった。
カルマーラモンはひとしきりぷりぷりすると気が済んだのか、ふうと息を吐いてヒナタに向き直る。
「まあ、言っちゃうと酔わないんだけどね。今は」
「今は?」
「なんかねぇ、最初はすっごい目ぇ回ったの! ビーストスピリットの力に振り回されて~、とかなんとか?」
「そう言えば制御が難しいって二人も言ってたわね」
「そうそう。てかヒナだってさぁ、今いきなり触手が生えたって絶対うまく動かせないでしょ?」
「それは……そうね、確かに」
まして下半身が逆さまのイカだとか、動かし方は想像もつかない。
「ねえねえ、ところでさ」
「ん?」
「あの技、“タイタニックチャージ”っていうんだけどね」
「へえ、そうなの」
「タイタニックはわかるとしてさ、チャージってなにかな? あたし何チャージしてんだろ?」
問われてヒナタは少しの思考。
「ああ、充填の意味のチャージね」
「他にもあるの?」
「突撃って意味もあるからそっちじゃない?」
「へえ~、そうなんだ!」
「ついでに言えばタイタニックも多分、船を想像してると思うけど……」
「え? 違うの?」
「そこにも掛かってる気はするけど、そもそも“タイタン”は巨人のことよ。そこから転じて巨大な、とか強力な、って意味ね」
「ほえ~、知んなかった。強力な突撃かぁ……」
カルマーラモンは腕を組み、噛み締めるように空を仰いで少し。ヒナタに向き直ってうむと頷く。
「まんまだね」
「そうね」
などと言って笑い合う。
その後、イカボディの肌触りを確認していたところで「塔が崩れるから止めてくれ」という真っ当な苦情が入り、この異種ガールズトークは幕引きとなる。
世界は、今日も平和であったという――
-終-