
【ワーカホリック】
一言で言うなら彼は、真面目すぎたのだ。
勤勉で仕事熱心。正義感と使命感が強く、あまりにも真っ直ぐだった。与えられた職務を全うすることが彼にとっての当たり前であり、揺るぎのない正答だった。
事実、彼の上げた功績は数え切れず、生み出した利益は計り知れない。それなのに、あるいはそれゆえに、彼は皆から疎まれていた。
憎まれ役であることは確かだった。
彼自身もそれを自覚していた。していたが、気にも留めなかった。
もし彼が、ほんの僅かなり周囲を省みることができていたなら、職務にもう少し不真面目であったなら、結末は違っていたろうか。
そのか細い腕が握りしめたナイフを、彼の脇腹に突き立てることなどなかったろうか。
使命を守ることで他者を守り、秩序を守る。それが彼の役目だった。
彼の仕事が何というなら、世界の平和を守る正義の味方であった。
主君の命じるまま、罪科も善悪も是非も考えることなく、ただ作業としてそれを繰り返した。
血溜まりの中で鉛色の空を見上げ、彼は久方ぶりに思案に耽った。
私は一体どこで何を間違えたのだろうか、と。
鎧の隙間を縫って腹に届いた刃は冷たく、流れる血もまた冷たかった。自分はこんなにも冷たい生き物だったろうかと、考えて、考えて、ふと隣に目をやり、自らが築いた屍の山を見て思わず自嘲する。
一言で言うなら彼は、大量虐殺の悪魔だった。
私は今まで、誰のために何を守ってきたのだろうか。
怨まれて、憎まれて、疎まれて、蔑まれて、揚げ句に守ったものに刃を向けられた。残念ながら致命傷には程遠いけれど、心に負った傷は思いの外に深いらしい。
主よ、お教えください。この道は真に騎士の正道なのですか。
主よ、お導きください。夢見た理想と誓った正義の在る場所へ。
主よ、お答えください。主よ、主よ、嗚呼、主よ! 答えよ、応えよ、こたえろおおおぉぉぉ!!
雄叫びを上げる。倒れ伏した自分を囲む無数のクリスタルへ、それを通してすべてを見ていたであろう姿も知らぬ主君へ向かい。喉を引き裂かんばかりの怒号はしかし、熱を持たぬ主君に届くことはないと知りながら。
物言わぬクリスタルが冷たく輝きを帯びて、照らされた傷が癒えるとともに次第に意識が遠退いていく。
そうして――再び気付いた時そこは、次なる戦場だった。
敵意、悪意、憎悪、怨嗟、狂気、欲望。肌を刺すような不の感情。その濁流の中に、騎士はいた。
主君の命は絶対だった。剣を捧げたあの日から、この命も正義も理想も、すべては我がものでなくなった。
それでも構わないと、あの日の自分はそう思ったのだ。
それがシステムに過ぎないことは、とうに知っていた。
主は神でもなければ王でもなかった。主の命には正義もなければ理想もなかった。ただ観測し、計算し、誤りを正して不要を排する。
そうプログラムされた、ただの計算機に過ぎなかった。自分はそこに部品として組み込まれた、ただの歯車に過ぎなかった。であれば自分は、騎士ですらなかったのだ。王に仕える正義の騎士という、ごっこ遊びでしかなかったのだ。
そこまで考えて、騎士は自嘲の笑みを浮かべる。
目前まで迫った敵を、主が不要と断じたどこの誰とも知らぬものを見据え、騎士は構えもせずに立ち尽くす。
理由も知らず、是非も知らず、正当性も知らない。けれど――
不意に消えるその命の灯を前に、騎士は無感情だった。自覚はあれど、感覚はあれど、感情はなかった。
再び武器を構える。生かすべきものと死すべきものを選択する命の剪定。そんな職務を、ただ全うすべく。
一言でいうならそれは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
一言でいうならそれは、世界の秩序と安寧を守る正義の味方の、在りし日の物語であった――
-終-