
【天橋立】
俺の名前は橋立天。天と書いてヘヴンと読む。ブではなくヴなのがポイントだ。
え? 嘘つけって? はは、嘘ならどれほどよかったことか……!
そう、所謂キラキラネームという奴だ。
こんな名前を付ける親のこと、日本三景なんぞは普通に知らなかったそうだ。周りは誰か知ってろ! 止めろ!
それはさておき欧米風に書くなら天橋立である。
そのまんま過ぎてクラスメートによるあだ名会議は逆に難航したらしいということだけ言っておこう。
これにルビを振るならヘヴン・ハシダテ。なにか前衛的なアートでもやるしかないような名前だが、残念ながら芸術面の才能は皆無だ。
この名前でよかったことというと、そうそう人から名前を忘れられないってことくらいだろうか。まあ、忘れてくれても一向に構わないんだが。あとは……
「おーい、ヘヴーン!」
と、激論の末に決まったストレートな呼び名で俺を呼ぶのはクラスメート。もう一つ、女子から下の名前で呼ばれることは男友達いわくメリットだそうだ。
確かにこの距離間はこの名前のお陰と言えなくもないかもしれないが、デメリットを考えるなら割と微妙なところだ。具体的には外で大声で呼ばれると結構恥ずかしい。
「おい、マリー……」
「ほえ? あー、ごめんごめん」
なんて軽ーい謝罪をするクラスメートの女子に、俺は肩をすくめて溜息を吐く。こいつもこいつでマリアという名前だそうで、本人はあまり気に入っていないらしいが、ヘヴンに比べれば没個性もいいところだ。
ただまあ、自分があだ名みたいな名前で呼ばれるせいか、こいつのことを男子はあまり呼ばないあだ名でそれほど抵抗なく呼べるというのもメリットといえばメリットだろう。
呼んでみたい奴は結構いるらしく、少し羨ましがられている。
「で、どうかしたか?」
「ううん、別に。いたから声掛けただけー。何してんの?」
「散歩だけど」
「あはは、おじいちゃんか」
「うるさいな。そっちは?」
「あたしは友達と約束ー。あ、もう行かなきゃ。じゃーねー」
なんてまくし立て、嵐のように去っていく。最後にぱしんと、肩を叩いて。
ああ、と極力クールに返してその背中を見送って、叩かれた肩に手を当て溜息を吐く。
別に痛くはない。痛いとしたら、胸だろうか。
端的に言うなら天橋立は――恋をしていたのであった。
-終-