
【魔の海域】
目が覚めると、とても気持ちのいい朝だった。
押しては返す波。震える砂粒。少し湿り気を帯びた潮風が頬を撫でる。
どれくらい眠っていたろうか。とても長い間だったようにも思えるし、ほんの束の間だったようにも思えた。
どのみち、小一時間だろうが数年だろうがたいした違いはないのだけれど。
今日も今日とて暇だった。
やらねばならぬことはなく、やりたいことも特にない。ただ、やれと言われていたことはあった気がするけれど、それが何だったか、誰に言われたかもわからない。だから、漠然と漫然と日々を生きていた。
ふと、頭の上に違和感を覚える。目だけを向けて、そっとそれを確認する。どうやら思いの他に長く眠っていたらしく、いつの間にか小鳥や小動物が乗っていた。
何を話しているかは聞き取れないが、随分と楽しそうに見えた。羨ましい限りだ。
なので、別段困りはしないが追い払うことにした。
ふるふると身を震わせる。燃える身体の小鳥や羽の生えたトカゲたちがぴーちくと囀りながら飛び立つ様を眺め、そうして、また少しもやもやとした気分になる。
自分も広い空を自由に飛べたならどんなに気持ちがいいことだろう。嗚呼、なんて羨ましい。
空を仰ぎ、仰ぎ、そうして――
そうだ、試しに飛んでみようか。なんてふと思う。
四肢と尾でおもむろに水を掻き、よっこらしょいと全身で跳ねてみる。飛沫が上がり、さざ波が立つ。水面に浮いていたのだろうゴミのようなものが視界の端に舞った。
別にできるとは思っていなかったけれど、案の定できなかったということだけ言っておく。
さざ波に飲まれかけたか、背中から水を吹く小魚のぴーぴーと喚く声を聞きながら、はあ、と溜息を吐く。
今日も今日とて、やっぱり暇だった。
ちなみに、だからどうということもない余談ではあるのだが、この海域では船舶が突如として姿を消してしまう怪現象が度々報告されているという。嵐や竜巻も観測されず、生き残ったものの中には「島が消えた」と証言するものがおり、大規模な地殻変動を疑う研究者もいるらしい。
という話をふと訪ねてきた小人の知り合いから聞かされるも、あまり興味はなかった。
まあ、ふね、というものをまず見たことがないのでそもそもよくはわからない話なのだが。
今日も今日とて、海は穏やかだった――
-終-