
【バールのようなもの】
「バールのようなもの、ってニュースで言ったりするよな」
「たまに聞くにゃ」
少年の言葉に猫は、ぺろぺろ舐めた手で顔をこすりながら答える。
「あれってさ、いやいやそれバールだろって正直思うよな」
「確かににゃ。でも現物が見つかんにゃかったりしたら言い切れにゃいのにゃ」
今度は欠伸をしながら猫は言う。少年はソファに深く座り直し、熱い珈琲を一口すすって頷く。
「そうだな。痕跡が明らかにそうでも証拠がないのに報道で勝手に断定しちゃあまずいだろうしな」
「ま、“バールのようにゃもの”にはバールそのものも含まれてると言えにゃくもにゃいからバールでもそうでにゃくても別に問題はにゃいけどにゃ」
ソファのひじ掛けの上で丸くなり、猫は言う。少年はつけっぱなしのテレビを、流れるニュースを横目に小さく溜息を零した。
「でも気の毒にゃのはバールさんにゃ。ただの工具にゃのにもはや犯罪のイメージ付きすぎにゃ」
「は、そりゃ言えてるな。工具だって知らない奴すらいそうだ」
「バールの神様バアル・ゼブルもお怒りにゃ。そりゃ悪魔にもにゃっちまうにゃ」
「ああ、うん、いや、神話とかよく知らんがバールの神様ではないだろそれ」
「ベルゼブブって悪魔の原型にゃ。デジモンにもいるらしいにゃ」
と言われて少年は記憶を辿るように視線を天井に向け、ふうむと唸る。
「それなら聞いたことがあるな。魔王だってな」
「風評被害の怨みで世界を滅ぼすにゃ。怖いにゃ」
「みみっちい魔王だなおい」
「ふふ、本人が聞いたら何て言うかしら」
なんて、不意に横から割って入るのは仮面の女性だった。どこか妖艶な笑みを浮かべながらそっと猫を撫で、ついでに少年のことも撫でようとするが避けられる。女はわざとらしく頬を膨らませる。
「どんにゃ奴か知ってるにゃ?」
「ん? ふふ、そうね、とっても子供っぽいそうよ」
「いや、なんで魔王知ってんだよ」
「あら、だって情報屋ですもの」
仮面の上からでもわかるほどに、どやあ、と言わんばかりの顔で女は言う。
「毎度にゃがら得体がしれにゃいにゃ」
「化け猫が言うかよ……」
くすくすと笑う女と猫とを交互に見て、少年は肩をすくめる。そうして、さあてと息を吐いて今度はソファの後ろへ目をやる。ふと、少年の肩を叩いて女が言った。
「それで? 結局あれはどうするのかしら」
問われて、改めて現物をまじまじと見る。なるほど確かに、ようなもの、に相違ない。否、現物があろうとそれ以上に適切な表現などないだろう。なにせ――
ソファの後ろで寝息を立てる生き物を見て、テレビに映る壊れた自販機を見て、少年はうんと頷く。
なにせ、鋭い爪を持ったデジモンが自販機からジュースを買おうとして失敗しただなんて、そんなもの説明のしようもないのだから。
ないのだから、保護した迷いデジモンの気晴らしの散歩中にちょっと目を離してしまったことも、申し開きのしようがないわけである。
そう、つまりこの事件の結論としては……
「バールのようなもの、ってことで」
-終-