
【サンタモンを捕まえろ!】
「サンタモンを知っているかい?」
きっかけはワイズモンのそんな言葉だった。
リアルワールドの暦で年の暮れ、ちょうど今頃に行われる大昔の聖人の誕生を祝う祭事。その前夜には“サンタクロース”なるものが現れ、僅か一晩のうちに世界中を巡り、子供たちにプレゼントを配るのだという。
勿論、あくまで伝承やお伽話の類であり、実在はしないものであると、多くの人間は考えているそうだが。
サンタモンとは、そんなお伽話から生まれたデジモン――らしいという。
らしい、とはその存在がいまだはっきりとは確認されておらず、このデジタルワールドにおいても噂話程度でしかないが為。
もしかするとお伽話がお伽話のままこちらの世界に持ち込まれ、実在などしないデジモンという可能性もあるが、しかし悪魔や魔法使いが現実に存在するこの世界において、サンタクロースだけを空想の産物と切り捨てるのは少々暴論が過ぎるというもの。
つまり、探してみる価値はあるということだ。
是非とも一度お目に掛かってみたいというワイズモンからそんな話を聞かされ、彼もまた、暇を持て余していたインプモンもこの幻のデジモンに興味を持つ。
そうして、暇人二人によるサンタモン捕縛作戦が開始されることとなったのである。
なぜ捕縛するのかは、わからない。
さて、捜索すべきはまず空である。
大元のサンタクロースとやらも空を飛ぶそうだし、まさか走って世界中を回るはずもないだろう。
しかし空といってもデジタルワールドは広大だ。そこで探索範囲を絞って網を張ることにした。いっそのこと小世界は切り捨て、物理レイヤの荒野に照準を合わせる。規模の大きい集落の上空を中心に、ワイズモンとともにこしらえた魔術結界を展開した。境界内に侵入したデジモンを探知するだけの簡易魔術だが、その分リソースを規模と数に割く。見付けてから追う以上、後手に回らざるをえないが、結界に複数反応があればその位置と時間差から進路を予測し、先回りすることもできよう。
時に戦いもなくて暇そうなダークドラモンを巻き込み、時にいつでも暇な女帝陛下からデビドラモンやレディーデビモンを借り、時にワイズモンの弟子というデジモンたちにも快く協力させ、とにかく四方八方手当たり次第に罠を張った。
そうして、反応があったのは今宵いよいよ聖夜という日の昼のことだった。
インプモンは馬を駆った。
馬というのはとても不満そうなダークドラモンのことだがそこは些細な問題だ。
そして、奴を見付けたのだ。
赤い体躯。円錐状の頭。一晩で世界中を巡る高速飛行能力。間違いない。話に聞いた特徴と合致する。奴こそが、サンタモン……!
気付かれぬよう上方から接近し、インプモンはその背に飛び移る。
サンタモンと思しきデジモンは――いや、デジモンであるかも定かでない不可解なパルスを発するそれは、インプモンに気付くと一瞬驚いたような反応を見せた後、そのまま加速する。
聖夜の空を翔けるその速度はダークドラモンさえも振り切るほど。成る程、これが幻たる所以か。
インプモンは風圧に顔を歪めながらも必死にしがみつき続けた。
山を越え、海を越え、空を越え、もはやここがどこかもわからない。
吹き荒ぶ冷たい風が刃のように肌を裂く。気を抜けば遠退きそうになる意識を気合いだけで繋ぎ止める。なんでこんなに頑張ってるのかを考えると諦めたくなるので心は無にする。心よ無になれと思っている時点で無にはなっていないがそんなことはどうでもいい。つらすぎて思考がちょっとあれだが仕方ない。
嗚呼、しかしなんだか全然見たことない景色になってきたけど、ここ、一体どこなんだろう……
その後――インプモンは遠い洋上に藻屑となって漂っているところをダークドラモンに発見されたという。
◆
ふと少女は空を見上げる。理由はよくわからない。ただ、何かがいたような気がしたのだ。
「ねえ、今なにか飛んでなかった?」
「へ? あ、サンタ的な?」
「えと、いや、そんな夢のあるものじゃない気がしたんだけど……まあいいか」
見回せど何もない空に、少女は視線を戻して再び雪積もる街路を歩きだす。
それは一夜の奇跡か夢幻か、知るはただ、聖夜の星々のみであった。
-終-