
【背中合わせ】
これまでの粗筋!
ひょんなことから光のヒューマンスピリットを手にしたヒナタ。元の世界へ帰るための手掛かりを求めてインプモンと旅を続ける途中、スピリットを狙う謎の一団から急襲を受けてしまうのであった。
「やれやれ、すっかり囲まれちまったな」
どこか他人事のように言うインプモンに、ヒナタは軽く頭を抱えながら溜息を吐く。
「やれやれじゃないでしょう。どうするのよこれ」
「は、試し斬りにゃちょうどいいじゃねえか」
「そんなの一度もしないまま帰りたいんだけど……」
「ははは、無理だ。諦めろ」
きっぱりはっきりばっさりと、インプモンが言えばヒナタは大きく大きく溜息を吐いて、「不本意です」と言いたげな顔でデジヴァイスを手に取る。
「背中合わせでいくぞ」
ぱちんと指を鳴らし、その手に炎を点して言ったインプモンに、ヒナタは肩をすくめて少し皮肉げに返す。
「あら、屈めばいいのかしら」
そんな軽口にインプモンは苦笑混じりに溜息を吐く。振り返ることはせず、ただ目前の敵だけをしかと見据えて。
「はあ、まったく……頼もしい限りだな!」
◆
「背中合わせでいくぞ」
インプモンの言葉に「ええ」と頷きかけて、けれどもふと過ぎった余計な思考に僅か、眉をひそめる。
背中合わせと、このちんちくりんはそう言ったか。敵に包囲された状況で互いの背を合わせることで死角をなくし、互いをカバーし合う態勢だが……さて。
インプモンの身長は目算でおおよそ70~80センチといったところ。対する自分は倍近い160センチ弱、ヴォルフモンに進化すればゆうに2メートルを越える。その差は約120センチ超にもなる。
この身長差で果たして自分の背中はカバーされているのだろうかと、あなたがカバーしているのは私の脚だけではないのかと、極限の状況下で研ぎ澄まされた頭に瞬間、そんな思考が過ぎる。
これはインプモンなりの小意気な自虐ジョークだろうか。ならば軽口を返すのが正解か。だがこれが真面目な発言であればここで茶化すのはさすがにまずいのではなかろうか。
いや、そもそもの話としてここに留まって戦うより一点突破で包囲網を破るほうが戦術的には有効であるような気もするが、あるいはそれすらも含めて試されているのだろうか。
どうする? どうすべきだろう? 何が正解だろうか?
考えに考え、迷いに迷い抜いて――そうして意を決し、肩をすくめて言ってみる。こくりと喉を鳴らし、しかしその内心をおくびにも出さず平静を装って。
「あら、屈めばいいのかしら」
言えばインプモンは溜息を一つ、僅かに笑みを浮かべて言ってみせた。
「はあ、まったく……頼もしい限りだな!」
◆
「背中合わせでいくぞ」
何の気無しにそう言って、言ってしまってからはたと気付く。自分が今、ちんちくりんであったことに。
背中を、合わせる? この身長差で? いや、無理があるだろう!
今の身長はヒナタの半分ほど。ヴォルフモンであればもはや背後は脚だろう。アキレス腱くらいしか守ってやれそうにない。
比喩表現、言葉の綾と言ってしまえばそれまでかもしれないが……さて。
ちらりと背後のヒナタを窺えば、一度頷きかけてぴたりと動きを止めたのが見えてしまう。
嗚呼、成る程な。どうやらこれは自分のミスだったようだ。明らかに戸惑っていらっしゃる。
大体まだ戦闘経験も浅いのにこの状況で試し斬りも中々に無茶だろう。くそ、なぜあんなことを言ってしまった。
どうする? 撤回するか? できるのかこれ?
いっそ茶化せ。茶化してくれ……ヒナタ!
「あら、屈めばいいのかしら」
あるいは心が通じ合ったのかと、そう思えるほどに、ヒナタの返す言葉はベストなそれだった。
そうだそれだ……ビンゴだヒナタ!
心の中でガッツポーズをして、しかしその内心は悟られぬよう、余裕の笑みを浮かべて溜息を吐いてやる。
「はあ、まったく……頼もしい限りだな!」
笑い合い、頷き合って、インプモンが炎を放てばヒナタはヴォルフモンへとその身を変えて光の矢を放つ。
二人の連携が敵を掃討するのは、それからいくらも経たぬうちのこと。
二人の気持ちが僅かなり通じ合うのは、それからまだもう少し先の話であったという。
-終-