
【猫なで声】
「にゃ~ん」
鼻にかかった甘い声に振り返る。ゴムボールを片手で突いて「遊ぼう?」とばかりに喉を鳴らすその様に、ふうと溜息を吐く。やれやれ、夏も真っ盛りだというに元気なことだ。なんて。
肩をすくめてもう一度息を吐き、転がるゴムボールを突き返してやる。嬉しそうに声を上げる彼女に、ふふ、と思わず笑みが零れた。
雨宮家の飼い猫・ミャーコとその飼い主であるハナ。幼い頃からともに育ってきた二人の関係は、傍から見るならまるで仲のいい姉妹のようだった。
出会いは、かれこれ5年前。今にも降り出しそうな曇天の夕暮れ、友達と遊んでいる最中に公園の片隅で「拾ってください」と書かれた段ボールを見付けたのだという。まだ小さかった時分、残念ながらあまり鮮明には覚えていないのだけれど。
飽きっぽい子だったせいか、捨て猫なんて拾って「ちゃんとお世話できるの?」とママと少し揉めていたりもしたけれど、なんだかんだで今ではこうして掛け替えのない家族の一員となれた。
出会いは偶然だったろうか。いや、あるいは必然だったのかもしれない。
些細な出会いも解釈一つで運命となり、見方一つで人生を照らす光明となる。
この宝物のような繋がりをいつまでもいつまでも大切にしていきたい、だなんて、少し大袈裟だろうか。
微笑みを浮かべてゴムボールをぽんと叩く。跳ねたボールに飛び付く様を見ながら、また笑う。
小さい頃はこうしてよく日がな一日じゃれあっていたものだ。幼い頃は家の中でばかり遊んでいたけれど、今では外にいくらでも友達だっているだろうに。それでも、たまにこうして無性に二人で遊びたくなる日があるらしい。
まったく、いつまで経っても甘えん坊さんなんだから。
ごろりと寝転がって甘える彼女に、私は片手でぺしぺしと頭を小突いて「みゃー」と言ってやる。肉球の感触がお気に入りらしい彼女は、我がご主人であるハナちゃんはごろごろとまた喉を鳴らしてくしゃりと笑う。
「にゃ~ん、ミャーコもっとぉ~」
なんて言ってハナちゃんは、よっぽど猫みたいにすりすりと頬擦りをする。
やれやれ本当に、手のかかるご主人さまだこと。にゃ。
そうそれは、人間換算年齢およそ30代半ばの立派な成猫・ミャーコお姉さんと、その妹みたいな飼い主の、とあるいつもどおりのなんでもない日常の風景であった。
-終-