
【眠気】
……羊が五十一匹、羊が五十二匹、羊がごじゅ…………ああ、マジでエンドレスだわこれ。
数えども数えども終わりの見えない地獄に溜息を吐くたび魂まで抜けていくかのよう。堆く積み上げられたもふもふが三途の河原の積み石にさえ見えてくる。己の浅慮に後悔の念が湯水のように溢れて返る。
事の発端は――さて、どこから話したものか……。
デジタルワールド東方に位置するとある小世界、その全域を国土とする法治国家に、私は暮らしている。
国民投票によって選出された代表者が政を行う民主主義を確立し、極めて高度な文明を有するこの国では、近年、すべての国民に通し番号を割り振ることで様々な行政手続きを簡略化するという、通称『デジナンバー制度』が段階的に試行されている。
役所に勤める私はこの制度の施行に伴い発生する諸々のトラブル等を解消する為、息吐く暇もない東奔西走の日々を送っていた。
そんな折、上司から頼まれたのは南の牧草地帯に暮らすあるデジモンたちのことだった。新制度にいまひとつ消極的、ということもあるが、それ以前にどれだけのデジモンたちが暮らしているのかすらも正確に把握できていなかったのだ。
仕事内容は端的に言うならば現地に赴いての人口調査。いや、モン口調査である。
普段の業務の延長と、特に断る理由もなく二つ返事で引き受けたのだが……それが、すべての間違いだった。
現地に到着した私が目にしたのは緑の海原が如き広大な牧草地。と、それを埋め尽くさんばかりの白いもふもふの群れだった。
枕と羊がくっついたような見た目のそれは、他でもない調査対象の現地住民。“ピロモン”――数年程前に突如として発生した準新種のデジモンであった。
数える……だと? これを……!?
見渡す限りの緑の大地をベッドに、ぐーすかと寝息を立てる羊たちはざっと数百、ともすれば千にも届こうかという程。これを数えろと、そう言っているのか。マジで言ってんのか糞が。
わなわなと震えながら小一時間は立ちすくんでいただろうか。待てど暮らせど助けは来ない。来るはずもなかった。
そうして、私は仕方なく、やむを得ず、どうしようもないので不本意だが嫌々に、調査を始めることとなったのである。
立ちはだかるは無数の羊たち。正確には寝はだかっているがそんなことはどうでもいい。そう、本当の問題はそんなことにはなかったのだ。
調査を始めてすぐのことだ。私は我が身の異変に気が付いた。最初は偶然か、単に調子が悪いだけかとも思ったが、そう片付けるにはあまりに不可解な現象だった。それが頻発しては、何者かの意図を疑わざるをえなかった。
他国のスパイか、それとも知らぬうち国内の利権、派閥争いにでも巻き込まれたか。だが、こんな僻地の雑務に一体何があるというのか。考えても答えは出ず、その正体も解決の糸口さえも見えぬまま、初日の調査は終了することとなった。
モン口調査第一日目、夜。
調査経過の報告書を作成し、私は倒れるように床についた。
『調査は思いがけず難航。恐らくは何者かによる妨害工作と思われる。中枢神経に干渉する能力であると推察するが、いずれも詳細は不明。工作員の痕跡すら現状では発見できず。現時点で判明していることは彼らの、ピロモンたちの数を数えているとどういう訳か、耐え難い程の睡魔に襲われるということのみ――』
そうして、第一日目の夜は更ける。
姿なき敵との長く苦しい戦いはまだ、始まったばかりであった。
特に敵などいないことに気付くのは、もうしばらく先の話である――
-終-