
【うさ耳(?)】
「ヒナー、見て見て! なんか捕まえた!」
そう言ってマリーが掲げてみせたのは、彼女の頭より一回り大きいくらいの白い生き物だった。
「捕まえたって……デジモンでしょ、その子?」
「うん、多分。なんてデジモンかなぁ。ね、お名前は?」
「あぅ、あぅぅ……」
マリーが問えばその生き物はただ口をぱくぱくとさせるばかり。一体どんな経緯で連れ帰ったのか、どうやらどうにも、怖がられてしまっているようだった。
「怯えてるみたいだけど、どうしたのその子?」
「なんかねー、エルドラディモンの足元でぷるぷるしてたの」
そう答えたマリーにヒナタはもう一度、謎のデジモンをまじまじと見る。
抱えられてはいるものの、体つきは明らかに二足歩行のそれ。ひらひらとしたワンピースのような衣服を纏い、身体の至る所には三日月をあしらった紋様が見て取れた。額からは前髪のような触角が生え、頭には大きな耳のようなものが四つ。現実世界のどんな生き物にも似つかないが、あえて何というなら――
「うさぎ?」
「だねー。なんかうさ耳みたいの生えてるし」
「数が多い気もするけどね」
ふむと、ヒナタは腕を組んでうさ耳(?)デジモンを一瞥し、城の外へと目を向ける。エルドラディモンは城を背負うほどの巨大なデジモンだ。集落の近くでは迷惑だろうと、何もない平野や湾岸を選んで停泊している。その足元に独りでいたとなると、群れから逸れた迷子であろうか。
「元いたところに帰してあげたいけど……」
「ずっとこの調子なんだよね。ね、怖くないよ?」
生来、うさぎというのは臆病な生き物だ。外見がうさぎをベースにしているなら中身もそれに近しいのかもしれない。見たところ成長期のようだし、山のような究極体と世にも珍しい人間二人、立て続けに遭遇してはこうなるのも無理からぬことであろう。
「ようし、こういう時はぁ……」
「時は?」
「ててててん! かーびーくーさーいーほーんー!」
はいと、うさ耳(?)デジモンをヒナタに渡し、妙にダミ声でそう言って、わざわざお腹付近に寄せたポーチから取り出したのは一冊の本だった。マリーはそれを高々と掲げ、
「さあ、いでよワイズモン!」
と、魔王の相談役にして騎士団の参謀殿を割と気軽に呼び出してみせる。満面の笑みで頭上の本を見上げ、見上げ、見上げ続けてしばらく。しかして返事はなかったという。
「あれ?」
「忙しいみたいね」
「えー、どうでもいい時には勝手に出て来る癖にぃー」
唇を尖んがらせてぶーと唸る。随分な言い草である。
「むう、こうなったらひそかに練習していたラーナモンの水芸で心をつかんで……」
「ルナモンって言うの? 私はヒナタよ、よろしくね」
「あぅ、はい……よろしく、です」
「ってぇ、心開いてるぅー!」
ずこー、とわざとらしく楽しげにずっこけてみせる。どうやら今日はテンションの高い日らしい。クサリカケメロンが夕食のデザートに出ると小耳に挟んだからだろう。
「薬草取りに来て迷子になったんだって。川沿いの村らしいんだけど、あっちの川を上ったところにデジモンが集まってるみたいだから、ちょっとラーナモンで見て来てくれる?」
「ぐはっ、手際のよさたるや!」
「どういう突っ込みよそれ」
あい、と敬礼を返してマリーはデジヴァイスを取り出す。そのまま城門まで向かい、開門を待つのも面倒だとラーナモンへと進化してひょひょいと城壁を駆け上がってゆく。カエルを意味するラーナの名は伊達ではないらしい。
やがてその姿が見えなくなると、ヒナタは無言で目だけを辺りに向ける。こくりと息を飲み、そしてジェネラル殿はそっと問い掛けるのだ。
「ね、ちょっとだけ……その、耳触ってもいい?」
なんて。
「え? あ……ど、どうぞです」
頭を傾け、差し出された耳をヒナタは少し遠慮がちにふにふにとつつく。何とも言えない感触に、ついここでは誰にも見せたことのない顔になる。
そんな「ちょっとだけ」が終わるのはそれから10分程して、偶然通り掛かったインプモンが見ていたことに気付いてようやくのことだった。無事に集落を見付けて帰還したマリーが、肩を震わすインプモンと赤い顔でうずくまるヒナタを目撃するのは更にその、しばらく後のことだったという。
-終-