
【もじゃもじゃハーヴェスト】
彼は悩んでいた。
退くべきか、留まるべきか。それが問題であった。
ゼブブナイツ諜報部隊に所属するモニタモンズの一人、ぬの七番。デジタルワールド南方エリアに派遣された小隊の一員である彼は今、決断を迫られていた。
それはぽつぽつと小さな集落が点在する、ある辺境の小世界へ調査に赴いた時のことであった。訪れた荒野の村落で彼は、実に興味深い話を耳にする。
聞けば来週、村で“もじゃもじゃハーヴェスト”なるお祭りが開かれるのだという。
ハーヴェスト――すなわち収穫祭。自分たちを生かしてくれた自然の恵みに感謝を込めて、そしてこれからの豊饒と無事の収穫を願って……的なことだとかなんだとか。まあよくはわからないが、とにかく盛大なお祭りが開かれるのである。
そしてこの地における彼らの仕事は、本日をもって終わることとなるのである。
大事なことなので纏めた上で繰り返すが、来週、この村で、役目を終えた彼らが帰路に着いた後、とてもとても楽しそうなお祭りが開かれるのである。
更に端的に言うならばこうである。
お頭……馬鹿騒ぎが、したいです……!
ぬの七番は悩み続けていた。
何に悩んでいるかというならお祭りに行く言い訳にである。単なるサボり以外の何物でもないが、一体なんと言えば許されるだろうか、と。
まだ見ぬ祭りに思いを馳せて、気持ちはとうに行く気満々。否、端から行かぬなどという選択肢はありもしなかった。建前として葛藤するふりをしてみただけである。
こうして悩んでいる間にも祭りの準備は着々と進められている。村長であるもじゃもじゃしたデジモンが音頭を取り、村の周辺に立ち並ぶ木々より高いやぐらが次第に組み上がっていく。あそこで祭囃子に合わせて“もじゃもじゃ棒”なるもじゃもじゃの祭器をぶん回し、五穀豊饒の神様的なあれに祈りを捧げるのだという。近隣の村からも手伝いに来ているものがいるそうだ。緑のぬめぬめしたデジモンがやたら張り切っていた。
嗚呼、たぁのしそうだなぁ。なんてうずうずしながら物欲しそうにその様子を眺める。その気持ちのすべてを余すことなく顔のモニタに映し出してしまいつつ、ちょっとチャンネル間違えてそれを本隊に誤送信しつつ、どちらにも気付かぬままになおも悩み続ける。
そんな折、不意にぬの七番へ呼び掛ける声は他ならぬ彼自身の顔の中から聞こえた。声の主は、彼らモニタモンズを指揮する上官であった。
ここに来てようやく己が不覚に気付き、ぬの七番はこくりと息を飲む。そうして、少しを置いて指揮官の言い放った言葉に彼は、絶句する。
「弛んでいるようだな。貴様は謹慎だ。……来週辺りまで、な」
ばちこーん、とハイビジョンなモニタにウインクする目を映してみせる上官に、ぬの七番はどういう原理かブラウン管のモニタから滝のような感涙を流す。
ずびしっと敬礼を返し、顔がカメラなので敬礼の手しか相手には見えないだろうがそれはともかくとして、ぬの七番は天を仰がんばかりの姿勢で上官への敬意と謝意を示す。
通信が途絶えようといつまでもいつまでも……とまではいかないが、そこそこいいところで敬礼を切り上げ、ぬの七番は祭りの輪の中へと飛び込んでいく。
それから一週間後、祭りは滞りなく行われ、そのお陰であるかは定かでないが、村はその年、大層な豊作であったという。
そして飲みに飲んで騒ぎに騒いだぬの七番が、二日どころじゃない二日酔いと筋肉痛から立ち直って本部へ帰還するのは、祭りから更に一週間後のことであったという。
-終-