
【年賀状】
「やあ、あけましておめでとう」
「あ? なんだそれ?」
書の賢人の言葉に小さな王はただ、訝しげな顔で問い返した。
蝿の王の騎士団・ゼブブナイツの拠点であるエルドラディモンの背の古城、その閑散とした玉座の間には王と賢人の姿だけがあった。それは神の使徒たるアポカリプス・チャイルドとの戦いから二月余りが過ぎた頃、騎士団員の多くが諜報や休暇に一時城を離れていたある日のことだった。
「新年の挨拶だよ。リアルワールドの暦では今日は新しい年の始まりだそうだ」
玉座の傍らに設けられた台座の上で、書の賢人・ワイズモンはにこやかに言う。対する王は、インプモンはふうと溜息を一つ。椅子の上で胡座を掻いて頬杖を突き、どこか冷ややかに賢人を見る。
「そうか……で、何の用だ?」
「ははは、これはまた随分なご挨拶だね。まあ、確かにただ挨拶をしに来たわけではないのだが」
「面白ぇモルモットでも見付けたって声色じゃねえかよ。いいから言ってみろ。どうせ暇だから話次第じゃ付き合ってやらんでもねえぞ」
「ふふ、話が早くて助かるよ。実は一つ頼みがあってね」
というと賢人は少し思案するように首を捻り、ややを置いて人差し指をぴんと立てる。
「ヒナタたちの国ではね、新年に年賀状という手紙を送る風習があるそうだ」
「ネンガジョー?」
「ああ、“去年はありがとう、今年もよろしく”という挨拶の手紙さ」
そんな前置きにインプモンは天井を見上げ、ほう、と相槌を打つ。
「めんどくせえ風習だな。で?」
「うん、よければ君もヒナタたちへ近況報告がてら年賀状を出してみないかい? という建前を用意しつつ、リアルワールドへのメッセージパケット転送という楽しげな実験に協力してくれないかい?」
「本音だだ漏れじゃねえかよ。何の為の建前だそれ。つかなんで俺なんだ?」
城に残っているものは限られている。とはいえ、快く協力するものなら他に幾らでもいるだろうに。
問えば賢人はちっちと指を振る。何となく苛つく動作だったが寛大な王は流して言葉を待った。
「大掛かりなゲートもなしに次元の壁を越えるには具体的な目印が必要だ。転送先をピンポイントで指定し、パケットの劣化と減衰を最小限に抑える。その為の媒体となり得るものといえば……」
「ヒナタのデジヴァイスか」
「ああ、その通りだ。実は個人的にも何度か試行してはいたのだが、どうにも上手くいかなくてね」
そんな時ふと玉座で踏ん反り返ってるちょうどいい実験台を見付けたというわけさ。とまでは言わなかったがそう言わんばかりの顔だった。しかし、けれどもインプモンはさして気を悪くした風もなく、窓へ目をやり小さく唸る。
「ま、暇だしな」
「おや、付き合ってくれるのかい。助かるよ」
貴方はもう少し建前というものを覚えたほうがいい、とは弟子という名のモルモット1号の意見だったが、これも存外役に立つのかもしれないな。と、インプモンの返答にワイズモンは満足げに頷く。
ヒナタの為にと、申し訳程度のそんな建前を盾に、インプモンが数々の実験に付き合わされるのはそれから一週間近くにも及んだという。後半ほとんど関係のない実験も紛れていたことにインプモンが気付くのは、実験最終日のことであった。
そして実験の成否を確かめる術がなかったことに彼らが気付くのは、更に数日が過ぎてから。成功とも失敗とも言い難い半端な結果に遠い世界で少女が首を傾げていたことは、勿論最後まで知る由もなかった。
<明ヶмAsh Eoめ tο ...ひナタ>
「なんだろう、これ……?」
-終-