
【夢か幻か】
あれは、白昼夢のようなものだったろうか。
気が付くと公園にいた。
広場の時計に目をやれば時刻は昼を少し過ぎた頃。辺りを見回して、首を傾げる。
夏休み最後の日だった。朝っぱらから母に叩き起こされて、朝ごはんの前に行って来なさいと飼い犬の散歩に行かされた。
それから――それからどうしたのかは、覚えていなかった。
呆けていると不意にポケットから着信音が鳴り響いた。びくりと震えて慌ててスマホを取り出す。
朝ごはんも食べずにどこをほっつき歩いているのかと、母にそう叱られる。犬は独りで帰って来たそうだ。
公園で友達に会った。咄嗟にそう返す。家を出てから5時間も記憶がないだなんて、言えるはずもなかった。
今から帰ると電話を切って、そうしてとりあえず、ベンチに腰掛ける。
ええと……何がどうした。
公園に来たのは覚えている。友達には会っていない。誰にも会ってはいない。と思う。
なら何が。何か、何かがあったはずだった。
公園に来て、さっきみたいに……そう、さっきみたいに、スマホが鳴った。
そうだ……メールが来たんだ。
はたと、もう一度スマホを取り出してメーラーを起動する。
件のメールは、見当たらなかった。
頭を抱える。自分は一体どうしたんだと、途方に暮れる。
夢でも見ていたのか。夢でも……夢?
不意に頭の中に不思議な光景が過ぎる。
ああ、そうだ。夢、みたいな場所だった。宇宙空間を漂っているような、まるで星空の中で――竜に会ったんだ。
白い竜だった。でも化け物って雰囲気でもなくて、優しくて穏やかで、なんだか安心するような。訳もわからないままなぜだか謝られて、それから、お礼も言われた。
何を、言われたんだっけ。
断片は思い出せるのに、全容には霞がかかったよう。白い霧が、記憶の景色を覆っていた。
あれは、現実だったのだろうか。
そこまで考えて、茹だるような炎天下で寒気を覚えて震える。
現実、のはずがないじゃないか。
夏休みで半ば昼夜が逆転していた。昨日も夜は遅かった。なのに母に叩き起こされて、そう、寝不足だったんだ。
疲れてベンチでうたた寝していたのだと、夢でも見ていたのだと自らに言い聞かせて、どこか逃げるように公園を後にする。
商店街の辺りで同級生の女子が一人、帰ってこないと騒ぎになったのはその日の夜のことだった。
病気で入院しただけだと聞かされたのはそれから2、3日後。病み上がりとは思えないほど元気な様子で彼女が学校に戻ってきたのは、2ヶ月ほどしてからのことだった。
病気なら最初の騒ぎはなんだったのだろうと、そんな考えも過ぎったけれど、結局聞くことはできなかった。
あの日の夢の中でお前を見た気がするとも、言える訳がなかった。
どこかで、誰かの声が聞こえた気がした――
-終-