
【SOLD OUT】
その7文字に私は、絶望の淵へと叩き落とされた思いであった。
はじまりの町を東側へと抜け、海岸沿いに広がるトロピカジャングルを北へ進むと、グレートキャニオンと呼ばれる広大な渓谷が顔を覗かせる。
赤茶けた岩肌だけが延々と続くこの渓谷に集落と呼べるものは一つもなく、聞くところによれば稀に旅人を狙う盗賊まで出没することもあるのだという。
だが、引き返すなどという選択肢はなかった。
北部の何処かに存在するという幻の修業場・アイスサンクチュアリへと辿り着く為には、今以上の強さを手に入れる為には決して避けては通れぬ道なのである。
極北の聖域を目指すそんな旅の最中、それは渓谷に足を踏み入れて間もない頃のことであった。
私はふと、自らの体調に違和感を覚えたのである。いや、具体的に何であるかはわかっていた。わかっていたからこそ、楽観していたのだ。旅を続ける中で容易に解決できることだと、そう考えていた。
それが、すべての間違いだった。
渓谷を越える道程も中腹に差し掛かった頃だったろうか。私は自らの浅はかさを思い知ることになる。
危険だ。そう思った。
だがそこは他に何もない渓谷のただ中。あってしかるべきものすらも見当たらない。こんな僻地で何をどうしろというのか。
途方に暮れる中、不意に私は町で耳にした噂話を思い出した。渓谷で店を開いているデジモンがいると、そんな話だった。物好きな奴もいるものだと半ば聞き流していたが、今の私にとっては救世主にも等しい存在だった。品揃えなどわかるはずもないが、取り扱っている可能性は極めて高かった。
今から町に引き返して間に合う保障もない。商売をするなら目立つ場所であろうし、私は件の店を探すことにした。
五体を引きずるように渓谷を駆け回り、ようやく見付け出したのがつい先程のことだった。
そして、私は落胆することとなる。
『SOLD OUT』――
意味を理解するには若干の時間を要した。理解したくもないと、頭がそれを拒んでいた。
思わず声を上げた私に、店主は申し訳なさげに頭を下げる。
「すまないな、あらかた売れてしまって……。明日には入荷するんだが、急ぎの入り用かい?」
問うて即座に、答えを聞くまでもなく店主は私の顔色からこの最悪の事態を察したようだった。
「まさか、やばいのかい?」
脂汗を浮かべてただ頷く私に、店主の顔が青ざめる。
「そいつぁ……ああ、どうしたもんか」
そんなものは私が聞きたいと、言い返す気力ももはやなかった。
「ここからなら闇貴族の……いや、あそこは駄目か。だったらいっそ……」
ああでもないこうでもないと、意味もなく辺りをきょろきょろと窺う店主は、あるいは私よりも余程切羽詰まって見えた。しかし、けれども反して、私の顔は次第に穏やかになっていく。
もう、いいのだと。理解したのは手などないのだということ。
私は、せめてみっともない姿は見られたくないと、そうそう誰も通り掛かることのない場所はないかと尋ねた。
「あ、あんた……おいおい、馬鹿を言うんじゃない。諦めるってのかい?」
ああ、と。私はただ静かに頷く。店主はそんな私の、とうに覚悟を決めたその表情に、もはや掛ける言葉もないと顔を背けて押し黙る。
そっと、谷底へと続く道を指差してくれた店主に一礼をし、私はよたよたとその場を後にした。
土岩流にも似た轟音を上げ、私の堤防が決壊するのはそれから間もなくのこと。渓谷の露店に商品が――携帯トイレが入荷したのはその、翌日のことだったという。
-終-