
【かぼちゃ】
「あの子のかぼちゃってさ、食べれんのかな」
彼女がそんな疑問を口にしたのは、ある日の午後のことだった。石橋の渡り廊下の欄干に肘を突き、中庭を見下ろしながら少女は、マリーは脈絡もなく言うのである。
隣で同じように中庭を眺めていた少女、ヒナタはそんなマリーの横顔を一瞥し、もう一度中庭に視線を移す。
エルドラディモンの背中に聳える城の中庭では、誰が集めたのか倉庫に眠っていた様々な楽器を各々持ち出して、誰が始めたのか息抜きであろうちょっとした演奏会が開かれていた。いや、誰がというならきっと輪の中心にいるあの子だろう。橙色の大きな頭を揺らし、表情なんてないはずなのになぜだか満面の笑みにしか見えない顔で、踊るように楽しげにバイオリンを引いている。
「顔?」
「ちがうよ~。ほら、必殺技でさぁ」
昼食の後、たまたま通り掛かったこの場所で彼らの演奏を聞き、かれこれ小一時間はこうしているだろうか。頬を撫でるそよ風は気持ちよくて、澄んだ音色は心地いい。ベンチの一つもあればうたた寝していたかもしれない。
「ああ……出してたわね、確かに」
トリック・オア・トリート、なんて魔法の呪文のように唱えるとどこからともなく現れる巨大かぼちゃで相手を押し潰す、というのがあの子の、パンプモンの必殺技である。
元々騎士団員ではなかったパンプモンだが、幼なじみであるレイヴモンが帰郷した際、ひょんなことからこうして行動を共にするようになったのだ。戦うのはあんまり得意じゃない、とは本人の弁であるが、料理や裁縫を始め、家事全般なんでもござれという、戦い以外の分野では大活躍の、騎士団内では中々に貴重な逸材なのである。
「そうね、どうなのかしら」
「ねえ、気になるよね? ちょっと聞いてみよっか!」
マリーはそう言うと答えも待たずにデジヴァイスを取り出して、ラーナモンへと進化して渡り廊下から中庭へ飛び降りる。思い立ったが吉日、にも程があるなと溜息を吐きつつ、ヒナタは橋の先の階段へ小走りで向かった。
ヒナタが中庭へ降りた頃には、演奏会は休憩に入っていた。枯れた噴水の縁に腰掛けるパンプモンに、マリーがねえと声を掛ける。
「パンプモンのかぼちゃってさ、食べられるの?」
問われてパンプモンは小首を傾げる。
「顔?」
「ちーがーうってばぁ。ほらぁ」
「必殺技でかぼちゃ出してたでしょ?」
遅れて混じったヒナタが言えば、パンプモンはぽんと手を叩く。その手をすっと挙げ、空を指差す。
「“トリック・オア・トリート”」
言葉とともに頭上に現れたのは直径1メートルはあろう大きなかぼちゃ。出現と同時に落下するそれを両手で受け止めて、パンプモンはまた首を傾げる。
「これ?」
「そうそう、それ!」
「大きいだけで普通のかぼちゃに見えるけど、中身はどうなのかなって話してて」
「食べたいの?」
「食べられるんなら一回。え、食べていいの?」
「いいよー。でもちょっと待ってね。これ攻撃用だから」
「攻撃用?」
「“トリック・オア・トリート”」
巨大かぼちゃをよいしょと脇に置き、再び天を指して唱えれば、現れたかぼちゃは先程と比べて随分と小振り。というか、もはや普通サイズのただのかぼちゃにしか見えなかった。
「はい、これ食用」
「食用とかあるの!?」
「ボクもね、これ食べられるのかなって思って。最初は硬くてイマイチだったんだけど、おいしいの来い、って思ったらなんかできたの」
「そんなもん!?」
なんて突っ込むマリーを余所に、パンプモンは「ふうむ今年もいい出来だ」とばかりにかぼちゃをこつんこつんと小突いて満足げに頷く。
「ようし、それじゃあ折角だから、丸ごとかぼちゃのグラタンでも作ろっか!」
「ほええ!? なにそれ! やっばい、お腹空いてきた!」
「た、確かにちょっと楽しみね……!」
そんな会話を交わしながら、きゃっきゃっうふふと賑やかに、女子二人と妙に女子力の高いデジモンは食堂のある中央棟へと連れ立っていく。
食堂からグルメ漫画ばりの歓喜の絶叫が響き渡るのは、それから少し後のことであった。
ちなみに余談だが、デジモンは必殺技に用いるエネルギーや質量を自らの余剰データから生成している。かぼちゃもパンプモン自身の構成データが変換されたものであり、つまるところ限りなく「ボクの顔をお食べよ」であるのだが、少女たちには勿論、知る由もないことであった。
「んまあぁーーい!」
あるいは、その美味の前には些細な問題であったろうか――
-終-