
【ゼロ・エミッション】
北方の果てに位置するその国は、名をトワイライト・キングダムと言った。
黄金色に輝く四肢を持つ崇高なる王によって統治された国は資源に溢れ、豊かで争いのない、まさに理想郷であった。
王は優れた為政者だった。
民は王を敬い、王は民を愛した。
その王国には余剰がなかった。生産されるすべてが消費され、消費されるすべてが再生される。廃棄される資源は何一つとしてなく、永久機関とでもいうべき無限の循環、完全なる自給自足を実現していたのだ。
聡明な王あっての国であると民は考え、勤勉な民あっての国であると王は考えた。
国は斯くも美しく、王と民の力によってすべてが黄金に包まれていた。
ただ、国外からは批判もあった。
退廃の国、進化への冒涜と蔑むものもいた。
今以上の豊かさを求めず、今以上の進化と繁栄を拒むことで国は成り立っていた。ある意味で、確かにそれはデジモンという種そのものを否定する生き方であったのかもしれない。
それでも、そうあることを望むものがいる限り、是非も正否も問うまでもないことだった。王国は必要であり、その在り方は正しかったのだ。
王は力を持っていた。それは他者の命数さえをも書き換える神の如き力であった。
王は争いを好まなかった。だからこそ与えられた力だったのかもしれない。
戦いに用いるならばあまりにも強大で、あまりにも危険な力だった。ゆえに“呪い”と、そう呼ぶものもいた。
ギリシア神話にミダースという名の王がいる。寓話「王様の耳はロバの耳」の王様と言えば誰もが知るところであろう。
デジモンは情報を進化の糧とする。リアルワールドから流れ込んだ多種多様な情報を元に新たな種が生まれていくのだ。
あるいは、ギリシアのミダースこそが王の原典であったろうか。寓話以前の神話を紐解けば、その奇妙な符合が浮かび上がってくる。あながち突拍子もない仮説ではないだろう。
金色のトワイライト・キングとも称される王であったが、あるものには魔王にもたとえられた。不名誉な名はしかし、これ以上ないほど的確に王を形容していた。
善と悪は絶対ではない。正しさと過ちは時として覆ることもある。
例を一つ挙げるとするなら、四聖獣に仕える十二神将“デーヴァ”。サンスクリット語で“神”を意味するその名は、ゾロアスター教で“悪魔”を意味する“ダエーワ”と語源を同じくする。魔王と呼ばれる悪魔の中にも、他教では神と崇められるものがいるのだ。
世に絶対の正答はなく、同時に絶対の誤答もない。
認められぬこともあろう。受け入れられぬこともあろう。だが忘れてはいけない。思い違えてはいけない。誰かを否定する時、その誰かは自分を否定するのだということを。
王は斯くも賢しく、斯くも愚かしい。
完全なる資源の再生によって破棄物をなくし、富を均等に分け合うことで争いをなくし、それに伴う死者をなくす。そこには新たな発明も進歩もないだろうけれど、破壊もなければ衰退もないのだ。
王国は斯くも美しく、斯くも醜い。
プラスもなければマイナスもない。ゼロというその在り方は間違いであり、そして正しかった。
大いなる王の元、金色のミュータントデジモンたちは今日もまた、自らが生み出す資源を無限に循環させ、その尊き命を繋いでいくのである――
-終-