
【画龍点睛】
「がりょお、てんせえ……!?」
小さな竜の子が驚いた風に問い返すと、豚の被りものをした少女は真剣な面持ちで頷きます。
それは、昔々というほどでもないちょっと前のこと。あるところにガムドラモンという大変な暴れん坊がおりました。
お腹が空けば畑を荒らし、暇になったら悪戯と喧嘩三昧。国中のデジモンたちが迷惑しておりました。
困り果てた王様はある高名なお坊様に相談を持ち掛けます。
話を聞いたお坊様は弟子の一人を向かわせました。お坊様の元で修行を積んだ一番弟子・ゴクウモンはたちまちのうちにガムドラモンを捕まえてしまうのでした。
お坊様の元へ連れて来られたガムドラモンは、悪さができぬように力を封じる不思議な輪っかを尻尾に付けられてしまい、おまけに無理矢理お坊様の弟子にさせられてしまうのでした。
最初は反発していたガムドラモンでしたが、けれどゴクウモンたち三人の兄弟子も皆、自分と同じような境遇だったことを知り、次第に彼らに心を開いていくのでした。
そんなある日のことです。お坊様の二番弟子であるチョ・ハッカイモンが鍛練の最中、門外不出にして一子相伝の秘奥義を伝授してやろうと言ってきました。
「もんがいふしつ、いっしそーでん……!」
正直なところ意味はよくわかりませんでしたが、とにかく強くなれるのならと、ガムドラモンは奥義伝授のための試練に挑むのでした。
その奥義の名こそ“画龍点睛”。やはり意味はさっぱりでしたが、「なんだか強そうな名前だ」とガムドラモンは期待に胸を膨らませます。
最初こそ「なんだこのメスブタは」などと思っていたものでしたが、一月も寝食を共にするうち、ガムドラモンの中には兄弟子たちへの確かな尊敬と信頼が芽生えていたのです。
険しい山中で食用サボテンを採取し、ジャングルの奥地でオレンジバナナを探し回り、嵐の海に潜って巨大魚・デジカムルの捕獲まで。様々な厳しい試練にもガムドラモンは臆さず立ち向かいます。
勿論それらはすべてお茶目なメスブタの戯言でしたが、意外とピュアなガムドラモンはまるで疑いもしませんでした。
「何かおかしいぞ……」
そう気付いたのは修行を始めて半月が過ぎた頃。鼻に割り箸を刺して“ドジョースクイ”なる謎のダンスを躍らされていた時のことでした。
ふと通り掛かった三番弟子のサゴモンに「本当にこれで奥義が身につくのだろうか」と、ガムドラモンは思い切って聞いてみるのでした。鼻には割り箸が刺さったままでした。
「騙されてるヨ」
優しいサゴモンは一言にかい摘まんで教えてくれました。
「メぇスぅブぅタああぁぁぁ!」
魂の叫びでした。
ガムドラモンは走ります。よくも騙したな。よくも弄んだな。ずっと遠足の前の日みたいなあのわくわくを返せ、と。
「ひでぶっ!」
怒りと哀しみの王子と化したガムドラモンの燃える炎の如き一撃はしかし、思いの外鍛え抜かれたメスブタにはまるで通じませんでした。校庭を整備する道具みたいな変な武器であっさり返り討ちにされてしまいます。そして、デジカムルを踊り食いしながらメスブタは言い放つのです。
「バカヤロウ! あいつ三番、うち二番! お前は三番のエロガッパを信じるのか! この深遠なる奥義、エロい人にはわからんのですよ! そしていい加減に割り箸は抜けえぇい!」
ガムドラモンの目からは鱗が零れ落ちました。そして鼻からは割り箸が零れ落ちました。
「メスブタ姐さん……!」
「わかってくれたかクソガム……!」
こうして二人はわかり合ったのです。なぜというならノリと勢いとその場の空気です。細かいことなどいいのです。元より細かいことを考える脳みそなんて持ち合わせてもいません。
「さあ、あの夕日に向かって走るのだ!」
「真っ昼間だぜ姐さん!」
「バカヤロウ! 走ってりゃそのうち夕日にならぁ!」
「なるほど! さすが姐さんだぜ!」
何が成る程なのでしょう。それは誰にもわかりません。呆然とするゴクウモンとサゴモンを尻目に、二人はいずこかへと走り去っていきます。その様子を、どこからか見守りながらお坊様が微笑んでいました。
画龍点睛――言い得て妙だと。
それは、竜の子が人の子とともに本当に天を翔けるその、少し前のお話でした。
-終-