■5周年リクエスト小説③:「-花と緑の-」IF設定番外編
-もしもの花と緑の-
【たとえばこんな三角関係】
由々しき事態である。
楽しげに談笑する二人の背中を見ながら、彼は危機感を募らせる。
前方を歩く二人――ハナとウィザーモンはそんな彼の胸中を知る由もなく、益々会話を弾ませる。
「ウィッチェルニー? 何それどこそれ!」
「スマートフォン……そんなものが普及しているのか」
魔術に興味津々のハナと、リアルワールドに興味津々のウィザーモン。がっちり噛み合う二人の好奇心が話の種を尽きさせない。
端から見ていてとても楽しそうで、仲睦まじく、だからこそ、由々しき事態なのである。
つまりはオイラが、ハナの唯一無二にして正当なるパートナーであるところのこのヌヌ様が! 蚊帳の外に置いてけぼりなのである! 寂しいのである。
「な、なあハナ! 実はリリリン村で毎年面白いお祭りがあってさ……」
「ん? あー、はいはい。後で聞いたげるからちょっと待ってて」
「あ、はい……」
最優先で聞けやああああ! と叫びたい衝動を抑えて力なく返す。
村一番のイベントであるリリリンハーヴェストで勝てないとなると最早万策尽きたといっても過言ではない。
「ねえ、空飛ぶ時マントの裏地光ってたよね? マントに魔法が掛かってるの?」
独り敗北感に打ちのめされるヌヌを尻目に、ハナはウィザーモンのマントをちょちょいとつついて問い掛ける。
オイラの裏地もひょっとして光っていないだろうか。まあ、光っていたところで興味はないでしょうけれども!
「ああ、そうだね、これには“不完全”な飛翔の術式が刻印してあるんだ」
「“不完全”? あ……もしかして、呪文を唱えたら“完全”になるの?」
「察しがいいね、その通りだよ。飛翔の魔術は少々複雑でね、詠唱だけで構築するのは骨なんだ」
「なるほど、オイラのこの辺になんとなく暴走しそうなテンションがずっとあるのと似たようなもんか」
「ああ、そのとお……え?」
うっかり同意しかけるもウィザーモンは眉をしかめる。無理やり会話に混じってみたが駄目だったようだ。
「もう、なに? 構ってほしいの?」
「べ、別にそんなんじゃないんだからね!」
「ああ、そうなんだ」
「構ってください!」
試しに引いてみたが駄目だったのですぐに押す。
「はあ、しょうがないなぁ」
イエス! 引いて駄目なら押してみろい、ってなあ!
ハナは肩をすくめると溜め息を吐き、よっこらしょいとそこら辺の木の枝を拾う。
そして、ぶん投げる。
「そーら、取ってこーい」
「あっひゃー! わんわん!」
「でさー、ウィザーモン、魔法ってあたしにも使えたりしないの?」
「え? あ、ああ、そうだね、ゼロからとなると難しいが、例えばこの外套のような補助装置を使えば可能だろう。よかったら使ってみるかい?」
「え? いいの? やったー!」
「……って、うおおおおぉぉぉい!?」
木の枝をくわえてダッシュで戻り、木の枝を噛み砕いて雄叫びを上げる。
「おい、おい、おおぉーい! 雑ぅぅぅー!!」
「うわもう戻ってきた」
「もうとか言うなし! うえぇーん! オイラにもぉ! 構ってよおぉぉ!」
「駄々っ子か」
もはやなりふり構ってもいられないと、寝転がって全力で手足をじたばたさせる。ちらりと顔を覗えば、二人の視線はただ冷たかった。
ハナは冷めた目でふっと笑い、ヌヌの肩を叩く。
「ヌヌ、あたしはね、魔法で空とか飛んでみたい」
元いた世界にはなかった魔法が物珍しくて仕方がないのだと、曇りなき眼はそう語る。
だが、ヌヌとてここで引き下がることはできなかった。
裏地が光るマントで空を飛ぶだって? そんなもの、
「いやいや一緒じゃん! ほら!」
ぶるるんと背から羽を生やし、ヌヌは指のない手で指差す。
「光るよ? 飛ぶよ? 一緒じゃね? ね?」
「はいはい一緒一緒、よかったね」
「うぐぬぅぅ……!」
こうなればもはや、実践してやるほかない。
抱えて、飛んで、わあヌヌすごーい、と、これしかあるまい。
追い詰められたヌヌの脳裏にそんな愚考が過ぎる。
そして過ぎったその瞬間、既にヌヌは動き出していた。
刹那、完全体の身体能力によるロケットスタートを切るヌヌ。人間には捉えられるはずのないその速度――しかし、ハナの反射神経はその超速度にすら反応してみせた。
伸ばしたヌヌの手が、視線が空を切る。
屈み、背を向け、その腕をつかむハナ。ヌヌの身体が宙を舞った。
それはそれは見事な、一本背負いであった。
ちなみにここまでコンマゼロ何秒の世界である。
「どっせぇーい!」
「へぶぅぅー!?」
まさかの超反応カウンターに受け身も忘れて地面に激突する。
ハナは呆れたように肩をすくめ、ぱんぱんと手を払う。
「まったく油断も隙もない」
「いやホントにねえな!?」
変な形に身体を折り曲げながら思わず叫ぶ。
人間とは完全体デジモンの不意打ちをこうも完璧に迎撃できるものだったろうか。普段から本人が言っている「か弱い乙女」とやらはそれで合っているのだろうか。
変な形のままヌヌは考える。その隣で何もかもについていけずウィザーモンはただただ狼狽えていた。
まだまだだな。と、なぜかどやるヌヌ。
ハナは肩をすくめて溜息を吐いた。
「まったくもう」
仕方のないやつだと、呆れながらハナは手を差し出す。
その手を取って立ち上がり、ヌヌはへへっと笑う。
そんな二人の様子に、ウィザーモンは少し困惑しながらもつられて笑う。
そしてまた、三人並んで歩き出す。
「ね、羽に魔法かけて加速とかできたりしない?」
「なるほど……できないことはないと思うよ」
「おいおいマジかよ、熱いなおい」
「ただ、失敗するとヌヌ君の身体がどうなるかわからないが」
「こえーわ!」
「そうなんだ。じゃあ、やる?」
「なんで!?」
なんてわいわい言い合いながら。
世界は、今日も平和であった。
-終-