のちの花と緑の
~つわものどもがゆめののち~
【ロード・トゥ・バロン】
-sequel of Nise-Dorimogemon-
「随分と世話になった」
口元にたくわえた凛々しい男爵髭を揺らし、ニセドリモゲモン――男爵は頭を下げる。バタフラモンはぱたぱたと手を振り、
「いいえ、とんでもございません。むしろ、もう少しゆっくりされていかれたほうが……」
と、心配そうに男爵の顔を覗き込む。
それは勇者一行が魔神との激闘を繰り広げてから、しばらくの後。重傷を負った男爵は、バタフラモンが村長をつとめるここ、カイロゥ村で療養を続け、先日ようやく立ち上がれるまでに回復したばかり。
いまだ身体中に包帯を巻き、傷も塞がりきってはいないというに、彼は早々に村を発つと言い出したのである。
「お心遣い、感謝する。だが……」
空を見上げ、仲間たちに思いを馳せる。
ハナ、ヌヌと別れ、程なくしてツワーモンもハグルモンたちとともに村を発った。ややあってウィザーモンが「ハナ君は無事に帰ったよ」とわざわざそれだけを伝えに訪ねてきてくれたが、そんな彼も既に村を去ってしまった。
残ったのは自分だけ。満足に動くこともできなかったとはいえ、なんだか、仲間たちは前に進んでいるというのに、自分だけが取り残されたように思えた。
だから進もうと、そう思ったのだ。
「立ち止まってはおれぬ」
一度は悪に堕ちたこの身、それでも仲間と言ってくれた彼らに、そして勇者のくれたその名に恥じぬよう、今はただ、一歩でも前へと進みたい。
固い決意を湛えたその目を遥かな彼方の地平へ向け、男爵はカイロゥ村を出立する。確かな決意を、胸に抱いて。
◆
薄暗い地下室。元は天然の洞窟であったのだろう、岩肌に鉄の格子をはめ込んだそこは、牢獄だった。
数本の蝋燭だけがぽつぽつと灯りを点すものの、日も届かぬ洞窟の奥を照らすにはあまりに頼りない。
そんな薄闇の地下牢の中で、彼らは静かに座していた。
彼らは罪人だった。
犯した罪の多くは彼らの意思ではなかったが、それでも彼らは多くのものを傷付け、苦しめた。
彼らは黙していた。ここから出せと、暴れて叫ぶようなことはしなかった。
当然の報いだと、そう思っていた。
何より、そんな気概はもうなかった。
「腑抜けたものだな」
だから、男爵の第一声は、そんな冷たい言葉だった。
「……ニセドリモゲモン?」
格子の前に立つ声の主を見て、蝋燭の火に照らされたその懐かしい顔を見て、牢の奥に座る鬼人――オーガモンはぽつりと言う。声にかつてのような覇気はなかった。
「もう出てもよいと、言っておったぞ」
オーガモンたちが村人を連れ去った村・シナカジ村の住人たちは少し困ったように語っていた。
オーガモンたちの行動は黒い歯車に操られてのこと。歯車を取り除かれ、元凶も倒され、本人たちも反省している様子。元より盗賊ではあったが、もう二度と悪事を働かないと約束するなら、解放してもいいと村人たちは言っていた。
だが、肝心の本人たちが出ようとしなかったのだという。
「贖罪のつもりか?」
オーガモンは答えない。フーガモンとヒョーガモンは少し戸惑ったようにオーガモンを見るが、彼らもまた男爵の問いには答えない。
「鍵も掛かっていない牢で何を贖える?」
男爵がそっと扉に手を掛ければ、格子の扉はあっさりと開く。彼らはもう、監禁などされてはいなかった。
男爵の後ろで外に食糧調達へ行っていたゴブリモンたちも心配そうに見詰めている。
「……わかんねんだよ」
少しの沈黙。ようやく口を開いたオーガモンは、溜息混じりにそう言った。
「好き勝手生きてきた。誰の迷惑も顧みねえ、てめえの都合で自由に生きてきた」
ぽつぽつと語り出す。男爵はただ静かに聞いていた。
「誰の下にもつかねえ、誰にも従わねえ、てめえの意思でてめえのために生きる。それだけが、くだらねえチンピラの唯一の誇りだったよ」
オーガモンは暗闇を見詰め、独り言のように続けた。
「でも違った。知らねえ奴らの知らねえ野望の片棒を、知らねえ間に担いでた」
そこでオーガモンは息継ぎをするように一際大きな溜息を吐いた。
「目が覚めりゃ空っぽだった。いいや、端から空っぽだったって、唐突に気付いちまった。俺ぁ今まで何をやってきたんだ、これから何をしたらいいんだ、って、何にも……わかんなくなっちまった」
俯いて、オーガモンはもう一度深く息を吐く。
フーガモン、ヒョーガモン、ゴブリモンたちもまた、俯いていた。オーガモンほどではないにせよ、彼らも同じような虚無感を覚えていたのだろう。
自分も、あの時あの場で彼女に出会わなければ、その虚無を埋めてくれるようなものに出会わなければ、こうなっていたのかもしれない。と、男爵は友の姿に胸を痛める。
だが、だからこそ言わねばならぬのだ。友として、言ってやらねばならぬのだ。我らの友情だけは、嘘偽りなどなかったのだから。
「この……」
牢の中へと入り、奥へと進み、男爵は勢いよく頭を振り上げる。
「戯けがっ!」
そしてがごんと、己の誇りたるドリルでオーガモンの頭をぶっ叩く。火花が散るほどの衝撃にオーガモンの視界がぐるんぐるんと揺れる。
「っ~~~ぅうぎぃぃぃぅうぅぅ~~!」
「足を洗うなら洗え! 村で雑用でも何でもして償え! 格好つけてやってることはただの穀潰しではないか!」
「つぅ~~ぃいや、穀潰しはそうだが……てゆーか何してんだこの野郎! 殺す気か!? 殺すぞ!!」
「はっ、腑抜けが一丁前に吠えよる。殴り方はまだ覚えておるか? 教えてやってもよいぞ?」
「上等だぁ……! やってやんぞおるぁぁぉ!!」
男爵が拳を握ればオーガモンもゆらりと立ち上がり、拳を構える。フーガモンやヒョーガモン、ゴブリモンたちはおろおろとその様子を見守る。
オーガモンが拳を振るう。男爵もまたカウンター気味に拳を繰り出す。互いの拳が互いの頬へとめり込んで、そうして……ここ数日ろくに食事を摂っていなかったオーガモンと、病み上がりの男爵は、僅か一撃で見事ダブルノックダウンと相成るのであった。
「兄貴ぃいいいぃぃぃぃ!?」
「ニセドリモゲモぉぉぉぉン!」
◆
フーガモンたちに看病され、男爵とオーガモンが目を覚ましたのは小一時間ほど経ってのことだった。
男爵はよろよろと立ち上がり、「手間を取らせた」とフーガモンたちに頭を下げる。ふと、タオル代わりの濡れた布切れを目の上に被ったままのオーガモンへ目をやる。とうに起きてはいるようだが、男爵へ声をかけることはしなかった。
「騒がせたな。我輩はもう行くとしよう」
と、それだけを言って出口へ向かう。その背中に、オーガモンはぽつりと言った。
「達者でな」
目元を隠したまま、顔も向けずにただそう一言。
「ああ、互いにな」
男爵は立ち止まり、不器用な別れの言葉に笑って返す。
友とのお別れには余りに言葉少なく、けれど彼らにとってはそれで十分だった。
何が解決したというなら、何も。何が変わったというなら、きっとこれから、何もかも。
だから、それ以上の言葉は必要なかった。
いつかどこかで会ったら、酒でも飲もう。肩を組んで夜通し思出話に花を咲かせよう。そんないつかの未来を想像し、二人はただ小さく笑う。
今はまだ少し、立ち止まっているオーガモンたちも、これからしばらくの後、新しい道を歩んで行くのだが――それはまた、別の物語である。
◆
シナカジ村を発った男爵は、かつて勇者たちが歩んだ道を逆順に辿るように、勇者と始めて出会った鉱山へとやってくる。それは黒い歯車に操られていた自分が部下たちを率いて拠点としていた地。その存在を知りもせぬまま、封印された魔神を探していた場所。
詳しいことは話せないが、ここで人間世界へ帰るための手懸かりが見付かったのだと、魔術師は語っていた。君のお陰だ、なんて言われても結果的にそうなったというだけのことだが、少しでも彼女の役に立ったのなら僥倖だ。
「さて」
と、男爵は辺りを見回して、
「いつまで隠れておるつもりだ?」
そう問い掛ければ草むらがかさりと揺れる。躊躇いがちに姿を現したのは、この地で自分とともに盗賊ごっこをしていたかつての部下、モドキベタモンたち。彼らもまたグーチョキパー団の被害者だ。歯車は埋め込まれていなかったそうだが、だからこそこうなった今、いろいろと思うところがあるのだろう。
「村には随分と迷惑をかけてしまったな」
「ベタ……」
そんな言葉にモドキベタモンたちは項垂れる。彼らも本当は心優しいデジモンたちだったのだろう。あんなこと、本意ではなかったのだ。ああまで彼らを駆り立てたのは、他ならぬ自分だ。ならば、これもまた自分の役割であり、自分の贖罪だ。
「償いをしたいと、思っておってな。すまぬが、少し手を貸してはもらえぬだろうか?」
穏やかに微笑んで言う男爵に、モドキベタモンたちは顔を見合わせ、そしてその表情を次第に明るくする。
こうして男爵たちは、かつての罪を償うべく、連れ立って村へと向かうことになる。
◆
まずは誠心誠意、頭を下げた。
万が一にも「命で償え」なんて言われてしまえばそれも致し方なし、せめて自分一人で、なんて思っていたが、村人たちは拍子抜けするほどあっさり許してくれた。
聞けばどうやら勇者殿や魔術師殿が事情を説明してくれていたようだ。本当に頭が上がらない。
だが、それでも罪は罪。償うが道理というもの。それに、罪悪感を抱えたままでは前に進めない。だからせめてこれくらいはさせてほしいと、ここに来るまでに考えていた我々なりの償いを提案する。心優しい彼らは、それを快く受け入れてくれたのであった。
◆
作業は数ヶ月にも及んだ。
利便性や安全性を最重視し、しっかりと計画を立て、入念に準備をし、万全の態勢で着工した。
村人たちはその間、何度も様子を見に訪れ、その度に差し入れを持ってきてくれた。寝床や食事まで用意してくれ、至れり尽くせりであった。そもそもは村のことだからと、最後には村人たちも加わった共同作業となり、懲罰労働にはとても見えなかった。そもそも彼らにそんなつもりなどなかったのだから、当然と言えば当然だ。
そうしてようやく工事が終わると、沢山の村人たちが集まり、鉱山はちょっとしたお祭りのようだった。何せニシリン村だけでなく、シナカジ村の住人たちも集まってくれたのだから。
土を掘るしか脳のないデジモンが、この村のためにできること。そう、簡単なことだ。土を掘ればいいのだ。
落盤で塞がってしまっていた坑道を掘って掘って掘りまくり、もう一度二つの村を自由に行き来できるようにする。元々廃坑をトンネル代わりに使っていただけの危なっかしいものだったが、この際しっかりと通行のみを目的としたトンネルとして作り直すことにした。
完成したトンネルの入り口には、自分にだけ内緒で作られた看板が取り付けられた。
“ドリルトンネル”だなんて、あまりに恐れ多い名前の看板が。
とんでもない、と断るべきだったろうか。不覚にも大泣きしてしまい、断るどころではなかった。
「お疲れ様でございます。いやはや助かりました」
「まったくですな。ありがとうございました」
頭を下げる両村の村長に、顔を歪めてどうにか涙を堪えようとする。
「ツチダルモン殿、ジャングルモジャモン殿……!」
けれど、涙は止めどなく溢れて落ちて、そんな自分の肩を皆が優しく撫でてくれる。
許されたと、思ってもいいのだろうか。いいや、優しい彼らは初めから許すと言ってくれたのだ。許せなかったのは、他でもない自分自身だった。
前を向くと、前へ進むと決めたのに、自分はまだ、この場所で立ち止まったままだったのだ。
進もう、今度こそ。この先へ、仲間たちの進んでいった明日へと。
決意を新たに、遥かな空を見上げて拳を握る。
◆
「ツチダルモン殿、もしよければ、モドキベタモンたちを村に置いてやってはくれぬだろうか」
散々泣きはらしてから涙を拭い、ニシリン村の長へそんな頼み事をする。
ともに工事に勤しんだ彼らはこのトンネルのことを知り尽くしている。普段の整備や万が一の場合の補修、ここで彼らにできる仕事は山ほどある。だから邪魔にはならないはずだと頭を下げれば、ツチダルモンは二つ返事で了承してくれる。
「ボ、ボスはどうするベタ?」
「ええ、是非あなたも村へお越しください。皆、歓迎いたしますよ」
ツチダルモンの申し出は自分には勿体ないほど。何より、ここで恩を返すのが筋というものだろう。けれど、
「気持ちはありがたい。だが……」
どことも知れない空を見上げて、くすぶる火種のようなその思いを確かめる。
「勝手を言って申し訳ないが、我輩は武者修行の旅に出たいと思っておる」
身勝手は重々承知している。だがその思いを、憧れを、捨て去ることなどできそうもない。求めずには、目指さずにはいられないのだ。
「いつまた如何様な危機が訪れようと、勇者殿が守ってくださったこの世界を、今度は我輩の手で……守れるようになりたいのだ!」
強く強く、胸の奥から絞り出すように、その決意を口にする。
皆一様に驚いた様子だった。独り善がりの身の程知らずと、そう言われても仕方はない。いいや、勿論、彼らがそんなことを言うはずもないのだが。
「ボス……カッコいいベタ!」
なんて目を輝かせて言われては、罵られるより困ってしまう。
ツチダルモンもまた、そんな男爵を笑いなどしなかった。
「そうですか。ではもう、何も言いますまい」
ツチダルモンは男爵の肩にそっと手を添え、優しく微笑んでみせた。それはまるで、旅立つ息子を見送る父のように。心のままにその道を邁進せよと、言葉なく背中を押してくれるように。
こうして、皆の壮行を受け、男爵は村を後にすることとなる――
◆
その旅に当てなどなかった。
あるならこの世は勇者で溢れ返っていることだろう。
時に鍛練に励み、時に旅の武芸者と技を競い合い、時に困っているものを助け、ただひたすらに、がむしゃらに前へと進んだ。
そんな折、思わぬ形で思わぬ相手と再会することになる。
「おや?」
「む?」
近くに山賊が住み着いて困っているという村の話を聞き、力になろうと意気込んでやってきたその山村は、しかし見る限り平和そのものだった。
情報か場所が間違っていたのかと、住民に話を聞くべく村の広場へ向かえば、なぜだか村人たちが集まっているようだった。その輪の中心には、どこか見覚えのある小さなデジモンがいた。彼は自分の姿を見るなり声を上げ、短い脚でとてとてと駆け寄ってくる。
「ワーオ! 誰かと思ったらモグラ君、おひさネ!」
などと言われて一瞬困惑する。何せその姿を見たのは戦いの最中にほんの一度きりだったのだから。独特の話し口から見知った武人の姿がようやく重なり、思わず顔を綻ばせる。
「おお、なんとツワーモン殿か! 久方ぶりであるな」
「やっほー、もうすっかり元気みたいだネ!」
「うむ、お陰さまで元気いっぱいだ!」
力こぶをむきっと見せて笑う。そうして、同時に合点がいった。
「ふむ、山賊が出ると聞いてやってきたのだが、要らぬ世話であったか」
傭兵をしていると言っていた彼がここにいる、それだけで、状況を察するには十分だった。情報も場所も間違ってはいなかったのだ。ただもう、とうに片付いていただけのことだった。
「おっとっと、そだったネ? まあ、おかしな魔神の復活も企んでないただの山賊だったネ。モグラ君が出るまでもなかったヨ!」
なんて冗談に笑い合って、二人はあれからの、これまでのことを報告し合った。
ツワーモンはハグルモンたちを故郷へ送り届けた後、一度道場へ戻り、鍛練と傭兵稼業を繰り返す日々だったそうだ。
オーガモンやモドキベタモンたち、トンネルのことを話せば「グッジョブネ!」なんて言ってくれる。
ツワーモンからは師であるバンチョーレオモンの話も聞かせてもらった。魔王の軍勢を一人で退けただとか、神の騎士と渡り合っただとか、耳を疑うような武勇伝の数々だった。その半生をツワーモンが綴った「ロード・オブ・バンチョー」なる書物もお求め易いお手頃価格で譲ってもらった。
そして願ってもない嬉しい申し出もあった。
「強くなりたいなら、一度道場に来てみるネ?」
「おお、真か。ならば是非!」
「オッケー。あ、そうそう、ちょっと前からヌヌ君も来てるネ。たぶんまだいると思うネ」
「なんと! それは楽しみだ」
ニシリン村に滞在していた頃、近くに住んでいるという彼にも挨拶したいと思っていたのだが、旅に出たらしく会えなかったのだ。
勇者のパートナーにしてあのワルもんざえモンを打ち破った彼が、バンチョーレオモンのもとでさらに腕を磨いている。
友との再会も嬉しいが、同じくらい、研鑽を重ねた彼に会えることが待ち遠しかった。
二人は連れ立って山村を後にし、一路、デジソウル道場へと向かう。
◆
「あばばばばばばっ!!」
ツワーモンに連れられてやって来たのは、まさに秘境だった。風吹き荒ぶ切り立った岩山、竜の巣が如き激流の渓谷、天が落ちるかのような大瀑布。滝壺では見知った緑色のデジモンが悲鳴を上げていた。水圧だけで並のデジモンならば潰れてしまいそうだが、上からは岩やら流木やらも降ってくる。彼は必死の形相でそれらをかわし、どうにかこうにか岸まで辿り着く。
「うぇえぇぇ~~ん、もうやだよ~、帰りたいよ~!」
そしてただただ号泣する。
「こういう軽めの地獄が体験できるネ」
ツワーモンがそう言えば緑のデジモン、ヌヌは泣きながら鬼の形相を向ける。男爵はヌヌと滝を見ながらふむと唸り、ぐっと拳を握りしめて言ってのけた。
「重めの地獄を頼みたい」
「馬鹿なのお前!? オイラ泣いてるよ!? あと久しぶりだな! 元気か!」
少し情緒は不安定なようだったが、どうやら互いに元気なようだ。
「うむ、久方ぶりであるな。我輩はこの通り元気だ」
「そうか、そいつぁよかった。……悪いこと言わねえからすぐ引き返せ、ここはあれだ、マジやべえ」
「ふ、そんな場所で研鑽を積むとは、さすがヌヌ殿であるな」
「オウ、イエス。見上げた根性ネ」
「ちょっと見学だっつったろーがあぁぁ!? もう今日ぜってー帰っからなあ!!」
「ハハハ、まあまあそう言わず。なんだかんだここまで来たネ。普通なら二、三十回は死んでるとこネ!」
「自分のタフネスが恨めしい!」
「ふむ、我輩も負けてはいられぬな!」
「負けでいいから帰らせろおおおおおぉぉぉ!!」
ヌヌの絶叫が秘境の山々にどこまでもこだまする。
こうして男爵はヌヌとともに、勇者にもらったその名に恥じぬよう、誇れるよう、デジソウル道場の地獄の鍛練へと臨むのであった。
いつか胸を張って、勇者の仲間と言えるように。
いつかどこかの誰かを、この手で守れるように。
彼の旅はこれからも続いていくだろう、どこまでも。
彼はまだ、歩み始めたばかりなのだから。
果てなく続く、その道を。
その旅の結末はいずれ、機会があれば語るとしよう――
-おしまい-